「新共同訳」以来31年ぶりとなる、カトリックとプロテスタント共同による新しい日本語訳聖書「聖書協会共同訳」が3日、発売された。プロテスタント107人、カトリック41人の計148人が、翻訳者や編集委員などとして参加。底本は可能な限り最新の校訂本を用い、最近の聖書学や翻訳学などの進展、日本語の変化なども踏まえ、完成まで8年かけて翻訳した。同日には、発行する日本聖書協会が日本基督教団銀座教会で記者会見を開き、メディア各社約20社が集う中、新しい聖書の発行の経緯や特徴などを説明した。
オランダでの成功事例に学び「スコポス理論」を採用
「聖書協会共同訳」の翻訳は2010年10月から始まった。しかし、同協会はその5年前から「翻訳部」を設置し、翻訳理論や実際の翻訳方法の調査など準備を進めてきた。その中で、2004年に発行されたオランダ語訳聖書が非常に成功した事例であることが分かり、そこで用いられていた「スコポス理論」を翻訳理論として採用することに決めた。
同協会によると、聖書翻訳の歴史には、意訳か直訳かという対立があった。「新共同訳」においては、先に新約のみ発行された「共同訳」で意訳的な「動的等価訳」を採用したところ、批判が多く、直訳的な「逐語訳」に方針を転換。再翻訳して「新共同訳」となった経緯がある。
スコポス理論は「読者と目的」(ギリシャ語で「スコポス」)を予め設定して翻訳を行うもので、スコポス次第で意訳的にも直訳的にもなる。しかし、スコポスをはっきりと設定することで、翻訳時に意訳か直訳かの選択で揺れが生じづらくなる。日本の主要18教派・団体による諮問会議からは、「日本の教会の標準訳聖書」であり、「礼拝で用いることを主要な目的」とした訳が求められたことから、「読者」は主にクリスチャン、「目的」は礼拝での使用、とスコポスが定められた。
一般読者からも6千以上の意見、女性の翻訳委員が増加
実際の翻訳は、初期の段階から、ヘブライ語やギリシャ語などの原語から翻訳する「原語担当者」と、適切な日本語を選ぶ「日本語担当者」による2人1チーム体制で行われた。さらに朗読チェック、編集委員会や外部モニターによる確認が行われ、同協会としては初めて正式版の前にパイロット版をリリースし、一般読者からの意見も募った。一般読者からは263件6861意見が寄せられ、これらの意見を受けて実際に変更された訳語もあるという。
翻訳委員に女性が増えたのも特徴の一つだ。「新共同訳」では翻訳委員90人のうち女性は3人(3パーセント)だったが、「聖書協会共同訳」では148人中34人(23パーセント)に増えた。これにより、「はしため」を「仕え女」に訳し変えるなど、女性からの意見も反映された。
その他、固有名詞は15語を除いて「新共同訳」の表記をそのまま採用。ルビは数詞にも振るようにした。また、関連聖句を示す「引照」と、簡易な説明を記した「注」を聖書本文の下部に記載。聖書全体に最初から注が付されるのは、同協会発行の聖書としてはこれが初めてだという。聖書全体で引照は約4万3千、注は約4400に上る。書名は当初、仮称として「標準訳」としていたが、他の日本語訳聖書に対して排他的になることを避けるため、「翻訳と発行に関する責任者」という意味で「聖書協会」を、従来からの「共同訳」に付け加える形にした。
「重い皮膚病」は「規定の病」に 「キリストへの信仰」と「キリストの真実」
重要な訳語の変更としては、「ツァラアト」と「ピスティス・クリストゥ」の2つがある。ヘブライ語のツァラアトは、過去に「らい病」と訳されていたが、ハンセン病に対する偏見を助長するとして、「新共同訳」では「重い皮膚病」と訳し変えられた。しかしその後も訳語の変更を求める意見が寄せられていたことから、「律法(レビ13:3、14:44)で規定された宗教的に意味を持つ病」として、「規定の病」に変更した。同協会の渡部信総主事によると、ツァラアトの訳語の選定は「大変苦慮した」という。
また、「キリストへの信仰」と「キリストの真実」の両方に訳が可能なギリシャ語のピスティス・クリストゥについては、釈義上の検討により、限定した部分に限り「キリストの真実」と訳すことを認めた。これにより、ローマの信徒への手紙3章22節の「イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義です」(新共同訳)が、「神の義は、イエス・キリストの真実によって、信じる者すべてに現されたのです」(聖書協会共同訳)に訳し変えられるなどした。
同協会翻訳部の島先克臣(かつおみ)主事補によると、ローマの信徒への手紙3章21〜26節には「神の義」と訳せる語が5回出てくるなど、釈義の基本的な方法に照らせば「神の義」が中心的なテーマになっている。そのためこの箇所では「キリストの真実」を採用した。また伝統的に「与えられる」と訳されてきた22節の箇所は、原語では動詞が存在せず、「与えられる」と補うのは翻訳者の神学が反映されたものだという。動詞を補う場合は、前の21節にある「現されました」を用いて補うべきだとし、今回の訳になったと説明した。ただし「キリストの真実」と訳した場合も、「キリストへの信仰」の別訳が可能であることは注で記されている。
来年9月に小型版 スマホ・タブレット対応のウェブ版も
「聖書協会共同訳」の初刷りはいずれも中型版(B6判)で、カトリック向けの旧約聖書続編付きは1万部、続編なしのプロテスタント向けは2万部印刷した。事前予約での注文は順調で、すぐに増刷が必要な状況だという。今後は、キリスト教主義学校などで教科書として使われている小型版(A6判)や、中型版の新約聖書(詩編付き)を来年9月に発行する予定(価格未定)。
またウェブ版(価格未定)も来年10月末をめどに公開する計画だ。パソコンだけでなく、スマートフォンやタブレットでも最適に表示されるよう対応するという。点字聖書は来年4月から2020年5月にかけて、全40巻(各巻100円)を発行する。講壇用聖書(A4判、引照・注なし)は現在、製作上の技術的課題について検討中で、解決後に発行時期を発表する。その他、引照・注がない版も今後発行する予定で、さらにアンケートを実施して、教会のニーズや要望に応じて順次さまざまなタイプの聖書を発行していく計画だ。また来年2月には、奉献式や記念講演会を開く。
「聖書協会共同訳」を実際に読んだ感想として、渡部氏は「文章が頭の中にすいすい入っていく、丁寧な文章になっている」とコメント。翻訳の準備段階から中心的に関わってきた島先氏は本紙に「詩編は戦後の日本語訳聖書の中では一番美しいと思う」などと語った。
記者会見の最後にあいさつした同協会の大宮溥(ひろし)理事長は、「口語訳」や「新共同訳」など他の聖書も継続して発行していくと説明。その上で「聖書協会共同訳」は、神学や聖書学の分野で大きな発展があった20世紀後半の研究を基礎とし、21世紀に向けて出された最新の日本語訳聖書だとし、今後の普及に期待を示した。