福音派の教会で使われている「聖書 新改訳」(日本聖書刊行会)を全面的に改訂した「聖書 新改訳2017」(いのちのことば社)が22日、全国のキリスト教書店に入荷した。定価5400円(税別)のところ、早期予約(7月末日まで)だと400円引きの5千円(同)になること、新しい翻訳聖書をいち早く手に入れたいということもあり、発売早々、出足は順調だという。ただ、CLCお茶の水店によると、予約分の内200冊余りが入荷したが、予約分で初刷が品切れになったため、現在、店頭で買うことはできない。
CLC金沢店ではフェイスブックで、「ついに当店入荷です!!!新しい聖書とご対面した瞬間いきなり緊張してしまい、ページをめくる手が震えてしまいました。純粋に嬉(うれ)しいです。聖書がたくさんの方々に行き渡り、福音が伝わりますように」と、興奮の伝わってくる投稿をしている。また、東京基督教大学のインスタグラムでも、同大教授で翻訳編集委員会旧約主任である木内伸嘉(のぶよし)氏が新しい聖書を手にした写真がアップされた。
「新改訳2017」でどのように翻訳は変わるのだろうか。発行をするいのちのことば社では、次のように7つのポイントに分けて、一例を挙げながら説明している。
1. 日本語の変化に伴う訳の変更
現在、「かわや」と言って分かる人は少なくなったので、「かわやに出されてしまう」(マルコ7:19)は「排泄されます」となる。
2. まぎらわしい表現をより明確に
「〜のために」とあると、理由なのか目的なのか分かりにくいので、目的の場合はできるだけ「〜するように」として区分する。
3. ひらがなを漢字に
ひらがなが多いと、かえって読みにくかったり意味が理解しにくかったりするため、「いっしょ」は「一緒」、「りっぱ」は「立派」、「いやし」は「癒やし」などと漢字が増える。
4. 旧新約で訳語をなるべく統一
これまで旧約では「子羊」、新約では「小羊」だったが、「子羊」で統一される。
5. 簡潔で読みやすい訳文
「なぜなら・それは〜からです」は「〜からです」とするなど、不要な代名詞の繰り返しを避ける。
6. 内容にふさわしい表現
「おまえたちは白く塗った墓のようなものです」(マタイ23:27)は叱責なので、語尾をその口調としてふさわしく「・・・ものだ」とする。
7. 人名や地名の変更
人名では、「マリヤ」は「マリア」、ローマ皇帝「アウグスト」は「アウグストゥス」、「カイザル」は「カエサル」。地名では、「アジヤ」は「アジア」、「アレキサンドリヤ」は「アレクサンドリア」とするなど、広く使われているものに合わせる。
ところで、日本にはさまざまな翻訳聖書がある。教会の礼拝やミサで使われ、信徒がそれぞれ所有して読む「委員会訳聖書」(各教派が協力して翻訳委員会を組織し、諸教会のために訳す)と、聖書研究などに使われる「個人訳聖書」だ。個人訳として一般に有名なのは、岩波文庫に収められた無教会の関根正雄訳の旧約聖書と、塚本虎二訳の新約聖書。後に岩波書店からは聖書学者が分担翻訳した「岩波委員会訳」(1995~2004年)が出されている。他にも、聖書キリスト教会の尾山令仁会長牧師が訳した「現代訳」など、多数の個人訳聖書がキリスト教書店の棚には並ぶ。
委員会訳聖書としては、新共同訳と新改訳の2つが主に使われている。新共同訳は、カトリックと、プロテスタントの「主流派」と呼ばれる日本基督教団などの教会、新改訳は、プロテスタントの「福音派」と呼ばれる教会で使用されている。新共同訳を刊行している日本聖書協会のアンケート調査によると、「現在日本で読まれている聖書の約85パーセントを新共同訳が占めている」という。
日本語訳聖書の歴史を振り返ると、さまざまな教派の教会で使う聖書として翻訳されたものに、「明治元訳」(新約1880年、旧約87年)、「大正改訳」(新約のみ1917年、いわゆる「文語訳」)、「口語訳」(新約54年、旧約55年)、「新共同訳」(87年)がある。
日常使われる言葉遣いの変化や聖書学の進展に対応して、新しい翻訳聖書が30~40年ごとに出されている。現在、「新共同訳」に代わる新しい聖書の翻訳作業が日本聖書協会では進められており、来年刊行される予定だ。
新改訳は、「口語訳」が自由主義神学的(リベラル)であるとし、「聖書は誤りない神の言葉」とする福音派が成長する中で、1970年に初版が刊行された。「新改訳」というネーミングには、「口語訳」の前に広く日本で使われていた「大正改訳」を引き継ぐ「新しい改訳」こそ「新改訳」という自負を感じさせる。
その8年後に出された第2版が広く福音派で普及したが、やがて「らい病」などの差別用語の問題に対応し、訳文を改めるなど、全体の約900箇所が変更された第3版が2003年に出版された。その時、新改訳聖書を使っている教会では、例年にない予算を割いて備え付けの聖書を買い換えるか、信徒全員に数千円の出費を呼び掛けるかなどを検討することになった。というのも、礼拝で読まれる聖書の版の違いによって、訳文やページが違うと、皆で一緒に聖書を読むことに支障を来すことになるからだ。
暗唱聖句などで親しんできた聖書の言葉が変わることに対しては抵抗を感じる信徒も多いため、聖書の改訂は世代が入れ替わる30~40年の周期が多い。しかし、第3版からまだ十数年しかたっていないのに、全面改訂された「新改訳2017」に買い換えるかどうかの決断を、今回もまた各教会は迫られることになる。
このように「新改訳2017」の刊行にあたっては、ただ聖書の訳が新しくなったというだけではすまされない課題もある。
また、以前は、発行が日本聖書刊行会で、発売がいのちのことば社であったのが、この「新改訳2017」では発行・発売がいのちのことば社となり、収益が一出版社に流れる仕組みに変更されている。40余りの教派、教団、神学校、諸団体の協力と支援による「新日本聖書刊行会」による翻訳ではあるが、発行されるのが一出版社であるのは、岩波委員会訳に近いかもしれない。
さらに、新共同訳に代わる新しい聖書翻訳に取り組み始めるとき、日本聖書協会では、新改訳に関わる福音派の代表者に共同での翻訳事業をしようと働き掛けたが、福音派はその誘いを断り、独自に「新改訳2017」を出版することになったという経緯もあった。
奇しくも宗教改革から500年たち、カトリックとプロテスタント諸教派が協力して「聖なる公同の教会」の本来の姿を目指そうとしている年に刊行された「新改訳2017」。壁を乗り越えるのが難しい課題が現実にはいろいろあるが、聖書で教えられている「互いに愛し合う」ことがやがて実現され、日本で1つの翻訳聖書で同じひとりの神を礼拝する時が来る日が待ち望まれる。