日本聖書協会(東京都中央区)は9日、新翻訳事業の報告と意見交換を目的とした聖書事業懇談会「どんな翻訳になるのですか? ―新しい聖書の特徴」をTKP大宮ビジネスセンター(さいたま市大宮区)で開催した。これは毎年数回開かれているもので、今回は新翻訳事業翻訳者兼編集委員の住谷眞氏(日本キリスト教会小平教会牧師・日本キリスト教会神学校講師)が、「新しい聖書翻訳の魅力―3割わかるとっておきの話」と題して講演した。
最初に、同協会理事長の大宮溥氏が開会の言葉で次のように語った。「アンケート調査によると、現在日本で読まれている聖書の約85パーセントを新共同訳が占めているが、刊行から30年たつ間に日常用語が変化し、また聖書学も進展しているため、それらに対応した新しい聖書翻訳が30~40年ごとに必要になる」
翻訳部によると、現在、旧約のある1つの章を除く全ての章が第4稿まで終了し、朗読チェックなどを経て、編集委員会での検討が進んでいる。その作業も2017年中には終了の見込みで、その後は、旧約・続編・新約中の並行記述と訳語の調整などを行い、パイロット版読者による提案の検討、ベータ版の発行(2018年)、ベータ版読者による指摘の検討を経て、2018年秋ごろ、文言を最終確定し、組版・校正・出版となる。
講演において住谷氏は、新翻訳が従来訳とどう変わるかを具体的に紹介した。その一部を以下に紹介する。
まず、今まで同定されていなかった多くの動植物や人造物が明らかになったことで、より正確な訳語、多くの人が分かる訳語が選ばれている。例えば、「地上に富を積んではならない。そこでは、虫が食ったり、さび付いたりする」(マタイ6:19)とある「虫」は、衣類を食べる「衣蛾」のこと。新翻訳では「衣蛾や虫食いが損ない」となる予定だ。
それから、「最後の晩餐」の場面を想像するとき、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵のように、イエスを中央にして弟子たちが椅子に座ってテーブルを囲むイメージがある。しかし当時は、横伏して食事をとるのが普通だったので、従来「席に着いて」と訳されてきた箇所(ヨハネ13:12)は「横になって」となる予定(現在公開中のパイロット版では未修正)。
イエスが復活した後、ペトロに「わたしを愛するか」と3度問う場面(ヨハネ21:15~17)。ここで、従来の訳ではいずれも同様に「愛するか」と訳されてきたが、原典のギリシャ語では3度目だけ異なる動詞が使われている。1度目と2度目は「アガパオー」で、ペトロはこれに対して2度とも「フィレオー」を使って「愛している」と答えた。そして、3度目にイエスはこの「フィレオー」を使ってペトロに「私を愛しているか」と問う。ペトロは「イエスが三度目も、『わたしを愛しているか』と言われたので、悲しくなった」と新共同訳では訳されていたが、新翻訳では原典に忠実に、「三度目に『私を慕っているか』と言われたので」とする予定だ。
この他にもさまざまな箇所について住谷氏から解説があった後、聴衆との質疑応答が行われ、翻訳部や住谷氏から回答があった。
―新改訳では、一人称を「わたし」と書いてあれば「神」、「私」と書いてあれば「人」のことを指すという区別があり、分かりやすい。新翻訳ではこのような配慮があるのか。
「私」で統一している。同様の問題として、従来の訳では「神の霊」を表すときに「“霊”」や「聖霊」、英語であれば大文字のSを使って「Spirit」と表記し、「悪霊」や「人の思いの霊」と区別する場合があった。しかし、こういった違いは文脈から分かるので、新翻訳では原典に忠実に、どの霊も単に「霊」と統一することにした。
―新改訳も改訂版が出版間近と聞いている。新改訳の制作者との交流や情報交換はあるか。
当初、新改訳の方々にも共同での翻訳事業をお誘いしたが、結局は独自に出版されることになった。彼らには彼らの主義・主張・神学的見解があるし、それも多くの方に聖書を読んでいただける機会になるので、それでよいと思う。
―編集委員会で最も議論が白熱したのはどのような内容か。
1つは、従来訳で「兄弟」となっている箇所を「きょうだい」とひらがな表記に変更するという点。聖書の時代に「兄弟たち」と呼びかけたとき、女性も含めたはず。日本語では「きょうだい」とすれば姉妹も含むので、今のところこの方向になりそうだが、まだ議論が続いている。
懇談会の後、求道中という女性に感想を聞いた。「60年前の口語訳も、分かりにくい面がある一方、聖句としての美しさがある。多様な考え方をチームでまとめていくのは並大抵のことではないはず」。同伴の女性牧師も、「それぞれの立場でのこだわりを普遍的な聖書として出版するのは本当に大変なことだと思う。私たちの教派では口語訳と新共同訳が併用されているが、それが3種類になるような事態は避けたい。特に詩編は口語訳の評価が高く、新共同訳はなかなか認められなかったので、新翻訳ではどのようになるのか興味がある。教会員みんなが納得できるような新翻訳聖書になるように祈りたい」と希望を寄せた。
2018年発行予定のベータ版以降は微修正程度しか対応できないため、同協会では現在公開中のパイロット版に対して一般読者の意見を積極的に出してほしいと呼び掛けている。新翻訳事業や懇談会の詳細は、同協会のホームページで。