日本聖書協会は3月6日、新共同訳に続く聖書の新翻訳事業についての講演と意見交換を行うため、フクラシア東京ステーション(東京都千代田区)で、「どんな翻訳になるのですか?」と題する聖書事業懇談会を開催した。教会関係者や神学生、一般信徒など、約80人が参加した。
この日講演を行ったのは、新翻訳事業翻訳者兼編集委員である柊暁生(ひらぎ・あけお)氏(南山大学人間文化研究科非常勤講師)。新翻訳事業で旧約聖書を主に担当している柊氏は、語順や語数、語彙の問題、また、新しい聖書の特徴である本文注・脚注について、具体的な例を挙げながら語った。
語順の問題については、訳語の順序は原則として原語の順序通りがよいと思われると述べ、1)「天と地」(創世記2章4節前半)・「地と天」(同後半)といった聖書のキアスムス(交差配列法、X字型)、2)「北南東西」(創世記13章14節、口語訳)・「西北南東」(申命記3章27節、口語訳)・「東西南北」(同、新共同訳)といった方位、3)詩編115編4節の「金銀」(新共同訳)・「しろがねと、こがね」(口語訳)という3つの問題に言及した。
語数の問題については、日本の短歌の形式「五七五七七」をそのまま外国語に訳せないことを例に取り、原文で単語の数を数えて書いていると考えられる場合、それを翻訳に反映することは難しいと述べた。
例えば、世界の創造について記述されている創世記1章3〜31節は、原文では、第1日目と第2日目が69語、第3日目と第4日目が138語で、合計207語(3×69語)となる。さらに、第5日目と第6日目は206語で、第1~6日目の合計が413語(7×59語)となる。また、「神は言われた」は、第1〜4日目と第5、6日目それぞれに5回ずつ登場する(22節の「言われた」は別)など、原文では単語数を意識した箇所がある。また、韻を踏んでいる箇所も、日本語ではなかなか翻訳に表せないという。
語彙の問題については、多くの意味を持つ多義的な原語をどのように訳すかが問われるとし、しかし翻訳はどれか一つを選ばなければならないと、その難しさ語った。多義的な原語の例としては、創世記2章24節に登場する「イシュ」(男・夫・人)や「イッシャー」(女・妻)などを挙げた。
一方、新しい聖書の特徴となるのは、本文注・脚注だという。「料理は足し算、翻訳は引き算」だと考えているという柊氏は、本文注・脚注について「引き算などの補足説明」だと語った。その上で、本文注・脚注に記載するものとして、1)異本(底本から離れる場合)、2)別訳(底本通りの訳でも、いくつか重要な訳がある場合)、3)言葉遊び、などを挙げた。3)言葉遊びには、アダマとアダム(創世記2章7節)、バベルとバラル(創世記11章9節)、モーセとマーシャー(出エジプト記2章10節)などがあるという。
終わりに柊氏は、「どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか」(使徒言行録2章8節)という、聖霊が人々に下った話について、「これはアンチ(反)バベルの塔の物語。翻訳というのは、私たち自身の故郷の言葉で理解できるようにすること。それにはやはり聖霊の力が必要」と語って講演を結んだ。
講演の後には、日本聖書協会の大宮溥理事長があいさつし、新翻訳について、「いのちといのちが響き合う翻訳を願っている。すでに20数パーセント出来上がっている」などと語った。
懇談会後半の意見交換では、同協会の渡部信総主事が意見や質問に答えた。「新共同訳の敬語はやり過ぎではないか」という意見に対しては、「今回は簡潔で簡素な翻訳を目指している。特に代名詞、敬語は今まで以上に気を遣い、余分なものは省くという方針で今翻訳が進んでいる」と答えた。
また、「なぜ文語訳があれほど名訳といわれたか、その原点に戻って、今回の新しい翻訳にも過去の訳を反映して、良いものは残す方向で考えている。新しい翻訳の語数は、口語訳、新共同訳よりも少なくなっている。新共同訳よりも締まった文章にしようと考えている」と述べた。
さらに、「分かる範囲内で代名詞は減らすという方針だ。新共同訳の地名、人名はそのまま踏襲する。教会用語で使われているものは、やさしくすることよりも、礼拝の中で使う、言葉自体が持っている響きを大切にするという方向で考えている」と語った。
最後に渡部総主事は、「(新翻訳を)2018年には完成させたい」と結んだ。
聖書事業懇談会は、4月10日(金)には大阪でも開催される。新翻訳事業翻訳者兼編集委員である津村春英氏が、「それでも新聖書翻訳」と題して講演する予定。参加無料だが事前登録が必要。締め切りは4月3日(金)。詳しくは、同協会のホームページまで。