新しい日本語訳の聖書が今月中にリリースされる予定だ。米国に本部があるバイブルリーグ・インターナショナルから出されるこの日本語訳聖書は、「生きた言葉」という意味を込めて「ALIVE訳」と名付けられた。
「フォーカスしたのは聖書に触れたことのない若い世代。若い世代に読んでもらうために、彼らが『この言葉はどういう意味?』とか、『この言葉を言ったときはどんな感情で言ってたの?』と考えることなく、聖書の中に描かれている世界に集中できるよう、若者が使う言葉で書き上げた訳」と、翻訳作業に携わった一人、堀内朱馬(しば)さんは語る。
現在、聖書の日本語訳としては、新共同訳や新改訳、口語訳、リビングバイブルなどがある。一方、英語の訳は主要なものでも40以上あり、聖書は世界のさまざまな言語で翻訳されている。スマートフォンなどで利用できる無料の聖書アプリ「YouVersion(ユーバージョン)」では、現在利用可能なものだけでも、779言語、1092種類の聖書訳がある。
日本人は、世界の人口の約2パーセントを占めているといわれている。一方、日本語は、ネイティブのレベルに達するまでの難易度が最も高い言語の一つとされている。しかし、日本以外のルーツを持つ人にとって「習得したい言語」としての人気は高く、日本のアニメなどを見て日本語を勉強する人も多いという。そんな世界でも人気のある日本語だが聖書の訳は多くない。
「若い人は手に取りたいものに対してとても正直です」と語るのは、この翻訳プロジェクトの日本での指揮を執っている佐藤ブランドン牧師。弱冠25歳の、ハワイ生まれの広島育ち。一番得意な言語は“広島弁”と語る彼自身、クリスチャンになりたてのころ、日本語の聖書を開いて「正直読み進めたいと思わなかった」と明かす。しかし、佐藤牧師はマタイによる福音書18章12〜14節こそ、このプロジェクトのコンセプトであり、ビジョンだと話す。
「まず、読書よりもヒーローが出てくるコミックが好きだったので、革張りの辞典みたいな本に手を伸ばしたいなんて思いませんでしたし、勧められて渋々開いてみても、イエスがどんな気持ちでこの言葉を言ったのか、“弟子”って呼ばれている彼らとイエスの距離感とかが分かりませんでした。親友のように何でも相談したり、時に厳しいことも言ってくれるのか、それとも日本の会社や学校のような上下の厳しい関係なのか、イメージが湧かなかった」と佐藤牧師は語る。そして、聖書に対して自分と同じようなイメージを持っている同世代が多いことに気づいたという。
従来の日本語訳の聖書には、イエスやその他の登場人物の表情や感情描写はほとんどない。聖書には“書き加えてはならない”と幾度も登場するため、「このような表情」と書き加えることはできない。その事実を踏まえた上で、「誰もがそうであるように、この本(聖書)に登場する彼らは感情のある人間。さらに神様も自分たちの親父として愛してくれてるなら、その感情とか、言いたいニュアンスを限られた条件で伝えることが最も重要だと考えてます」と語る。
このような背景を持つ若い世代が、手に取りたいと思える聖書を訳すことを目的に、このプロジェクトは2013年に始動。新約聖書の「マルコによる福音書」の翻訳が最初の訳として最近完成した。書簡名は「ゴスペル・マルコ筆福音書」。昨年12月末から、日本各地で活動してるインターナショナルチャーチ「ライフハウス」でトラクトとして配布されており、今月中にアプリでの配信を行うという。他の書簡も翻訳が完成し次第、順次公開されていく予定だ。
「まずリサーチをしてすぐに分かったのは、“主(しゅ)”とか“安息日”などと言われても、『なんのこっちゃ?』って思ってストーリーに集中できない人の方が多いこと。そして、それらの言葉はクリスチャンを除いて一般的には誰も使っていないから、聞いたことのない人のほうが多い。かといって理解してもらおうと、文化や背景の説明をされても、その頃には聖書を読もうと思っている人は少ない」と堀内さんは話す。
「彼らに手にとってもらうために、それらのニーズを満たす必要がありました。『自分ならこういう場合どういう言葉遣いで話すか?』と考えて読み直し、ディスカッションしましたし、若者が読んでいる漫画や小説ではどんな表現で書かれているかもリサーチしました」と語る。教会のオフィスの資料用書棚には、聖書の他にも若者向けの漫画などが置かれていた。理由を知らなければ奇異に見える光景だが、理由を知ると納得する。
「イエスってすごく格好いい男だって伝えたいんです。いつも敬語で話してる“遠くにいる誰かさん”ではなくて、自分たちの隣にいて、悪魔とか脅威には毅然と『失せろ!』って言うし、自分たちを守るために命を差し出した上で、『こんなのやすいもんだ』って平然と言いながら頭をなでてくれるような、そんなキャラクターを意識しました」と、スタッフ全員が語る。
聖書の登場人物のキャラクターについて、バイブルリーグ・インターナショナルのヤンシー・スミス博士は、「当時は現代の私たちよりはるかに教育は行き届いていませんでした。そして聖書に書いてある通り、イエスを含めた登場人物の多くはそんな“上流階級”ではない。だから最初に書かれたギリシャ語の新約聖書では、丁寧な言葉を常用していません。むしろ誰が読んでも分かるほど、身近な表現が用いられています。しかし、歴史的にそのような教育の問題を少しずつ改善するうちに、日本語でいう敬語だったり格式高い言葉を使うべきだと考えられるようになっていきました」と指摘する。
スミス博士の指摘を受け、佐藤牧師は「1コリント9章21節のパウロの言葉を心に留めました。日本人の文化は、言葉遣いを聞くだけでその人の人間関係が推測できます。他人と友人は違うし、上司と後輩も違う話し方です。また僕たちと侍の話し方も違う。全て“きれいな言葉”にしてしまってはそういう文化とマッチしないので、台詞にも特徴を持たせました」という。
さらに、「英語表現には、口にすることも避けるような汚い表現があります。しかし、それ以上に神様の言葉を曲げて伝えてしまうことの方が悪いことだと考えています。僕らがジョークで言ったことを重く受けとられ過ぎると気分が悪いように、イエスにだって丁寧な言葉を使ってさえいれば間違いないわけじゃない。伝えたいことが伝わらないことが、一番気分が悪いことだと思います。例えば、使徒たちとは親友同士のような口調で話すだろうし、宗教家と話すときは敬語で話したはず。そして旧約聖書の引用なら、少し古めかしい硬い表現をするでしょう」と、言葉の使い方には最細の注意を払ったと明かす。
クリスチャンの間ですでに浸透している言葉にも注意をしたと堀内さん。「“聖霊”という言葉も、クリスチャンになるまで見たことなかったし、他にも“御言葉(みことば)”や“福音”など、とにかく日本語に『訳すこと』は可能だけど、若者になじみのない単語をどう訳すかが、チャレンジであり楽しみでもありました」と振り返る。
現在、教会内で配られているトラクトは「ゴスペル・マルコ筆福音書」のみ。デザインや名前にあえて「聖書」を用いなかった理由についても、「カフェだったり、そういう若者が足を運ぶ場所にあっても違和感がないもの、または手にとって見たくなるよう心がけてデザインしました」と言う。
ライフハウスでは、昨年12月21日から配布をスタート。東京のユース礼拝で配布した際には、約250人の長蛇の列ができた。佐藤牧師は「自分で読んでみても物語の世界に入り込んだし、長い間聖書を読んできた人にとっても良い聖書になりうると確信が持てました。若い人が『聖書が好きだ』と言って神様のことを知れれば、より上手に伝えられるようになるでしょう。そのような素晴らしいことがこれから日本中で起きる」と確信を持って展望を明かした。
現在は教会内でのトラクト配布のみだが、2015年1月中にアンドロイドの「Google Play」と、アップルの「App Store」で配信を開始する予定。