<本文と拓本>文字30(1641+30=1671)
来威(来威し)、月窟畢萃(月窟<月が沈む西方の國>畢く萃まる)。
建中統極(建中は極みを統べ)、聿修明徳(聿に明徳を修む)。武粛四溟(武は四溟を粛し)、文清萬域(文は萬域を清む)。燭臨人隠(燭は人の隠れしに臨み)、鏡觀物色(鏡は物色を観る)。
<現代訳>
西方の国からも多くの民が来唐しました。
建中徳宗皇帝は中国を支配し、徳を修得されました。武術と芸で全土を鎮静されました。民に気配りをされ闇に光をともし、社会に反映しました。
<解説>
西方からの多くの民族であふれていたことを伝えた一文です。建中年間とは紀元780~783年。徳宗の時代も節度使との駆け引きがあり、混乱した時代でもありました。
※ 参考文献
『景教—東回りの古代キリスト教・景教とその波及—』(改訂新装版、イーグレープ、2014年)
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