マニラの神学校の裏門を出たすぐの所に、米国人宣教師夫妻が30年ほど前に開設した無料出産施設があります。誰でもいつでも無料で出産できるということで、常に多くの人が利用しています。平均して1日2人くらいの赤ん坊が、ここで生まれます。
宣教師夫妻は、多大な犠牲を払ってこの施設を運営しています。スタッフにはこの夫妻のほかに、10人ほどの現地の女性たちがいます。
施設は民家をそのまま利用していて、設備は驚くほど簡素なものです。難しい出産の場合は大きな病院を紹介されますが、最新の医療機器も設備もなく、薄暗い裸電球が1つあるセメントのフロアにベッドが置かれているだけです。しかし不思議なことに、そこは誰でも自由に出入りできて、温かい和やかな空気が流れています。
望まれずに生まれた赤ちゃんは時々、そのまま施設に置き去りになることがあります。夫妻はそのような赤ちゃんのために、孤児院も開設しています。赤ちゃんを抱いてくれる人、短期で家庭に置いてくれる人をボランティアとして募っています。多くの人が時間をつくって、赤ちゃんに人の体のぬくもりを伝えに来てくれます。
このような赤ちゃんは多くの場合、欧州や米国に里子として引き取られていきます。宣教師夫妻は、親が貧困のために、神様に与えられた命を、市場の裏などで売られている堕胎のための薬草を飲んで死なせてしまうのをなんとか防ごうとしています。また、望まれずに生まれてきた赤ちゃんが、誰かの家庭で大切に育てられるようにと、世界中に里親を探しています。
マニラの神学校の学生たちの中にも、この施設を利用して出産している人が少なくありません。また、そこでボランティアとして働いている学生たちもいます。かつてミャンマーから来ていた留学生の夫人も、施設の存在を知ってボランティアとして手伝うようになりました。よく真夜中でも呼ばれて行っていました。
妻も時々誘われて一緒に行き、出産を手伝っていました。へその緒を切らせてもらったこともあるそうです。妻はこの無料出産所のことをいつも、印象深かったと語ります。
このミャンマーの夫人は、そこで助産婦としての経験を積み、のちに母国で無料産院を開き、貧しくて病院で産めない多くの婦人のために、立派な助産婦として働くようになりました。宣教師夫妻が無料出産施設を開設したことによって、命を尊ぶ姿勢が至る所に波及しているのを目の当たりにしました。
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