ケネス・カンツァー
トリニティ神学校のカンツァー教授は、80年代に『Toward Old Testament Ethics(旧約聖書の倫理に向かって)』という本を書いた。彼は神学校で旧約聖書の倫理を教えることになって教科書を探したが、適当な書籍がない。調べてみると、20世紀になってからの数十年間に、旧約聖書の倫理のまとまった著書はなく、小論文や記事があるのみだった。
そこで自分が書くことになったが、「旧約聖書の倫理」などという本は恐ろしくて到底書けない、それで上のような題になった、と言っている。
ほとんどの倫理の教科書に「倫理の基礎は旧約聖書にある」と書かれ、旧約聖書が倫理の基本とされているのに、これはいったいなぜだろう、とカンツァーは言う。ここで彼の著書の内容には立ち入らないが、聖書の文化の複数性、聖書の倫理の複数性ということを認めなければ、カンツァーの戸惑いは消えないだろう。
実は、伝統的なキリスト教思想(またはキリスト教哲学)の中で、暗黙のうちに起こっている思想的操作は次のようなものであると思われる。
- 聖書は進歩のスケールによって再解釈されるべきである。
- それによると旧約聖書も、「遅れて」いて「野蛮」な民族的文献であり、 その倫理基準はメチャクチャである。
- だから、旧約聖書の内容は、字義通りに受け取ってはならない。
- 旧約聖書はいわば「名誉神の言葉」である。尊敬は払うが、その言葉は割引して聞く。だいたい旧約の言葉を本気にしたり、いちいち従うわけにはいかない。名誉会長というのは、出てきて発言されると困る。それと同じである。
- 旧約聖書の事例は、現代のクリスチャンの行動の規範にならない。
- では、旧約の今日的な価値は何か。それは野蛮で幼稚な社会ではあるが、なお登場人物が神への依拠を体験し、神の導きを受けている実例であり、我々はそれらから教訓を汲み取るのである。
これだけむきつけに宗教進化論的に言うと、異端的に聞こえるだろう。しかし、福音派の立場も、たとえ美辞麗句を連ねていたとしても、結局これ以外ではない。筆者自身も50年余の伝道生活で、その半分近くはそういう前提で説教してきたことを告白せねばならない。
誰でも、薄々これは変だとは思いながらやっていることであり、自分の説教の方針を正直に検討してみれば、これ以外ではなかったのである。
そうして、上記6つの項目を、さらに延長するならば、次のような思想があることに気付くのである。
- 「進歩の物差し」は、聖書の真理性の度合いを判定する。
- だから、この「進歩の物差し」は、実は聖書より上位にある。
ここまで来ると愕然(がくぜん)とするのであるが、これは宗教改革以来のプロテスタント教会が(無意識のうちに)取ってきた態度ではないか。
カンツァーの業績は大きい。彼はこの著書で問題の存在を人々の前に晒(さら)した。長年にわたって、世界のキリスト教会が避けてきた、誰も直視する勇気がなかった事柄、それを直視するように彼は求めているのである。
だが、カンツァーの貢献は、それまでであるように見える。それは、彼が旧約学者ではあるが、西欧人であり、やはり西欧の思考の枠から外に出ていないからである。
翻って、聖書そのものを見るとキリスト教倫理は、クリスチャンが生活するそれぞれの文化によって違うのであり、それでよいということになる。もし世界中に通用する普遍的な、たった1つのキリスト教倫理しかない、という立場(在来の立場)を取るとすれば、我々は旧約聖書のかなりの部分を否定せねばならないことになる。やがて、それは旧約聖書の倫理の全面的な否定につながり、ひいては旧約聖書全体の軽視へと進む。
それは、「進歩の図式」を解釈原理として採用するからである。そこからは「遅れている」社会に対する高圧的指導、高飛車な叱責(しっせき)が正当化されるに至る。植民地主義もマニフェスト・デスティニーも、その根源はここにある。
太平洋戦争の終結後の世界では、新しい理念が発言権を持つに至った。それは人種平等の思想である。
1919(大正8)年、国際連盟の発足に当たり、規約の中に「人種平等」の文言を入れるように日本代表が提案したが、これは一蹴に付された。実際には、これは11対5で成立したが、突然その時の議長であったウィルソン米大統領が、この項の無効を宣言した。その理由は、これは重要な案件であるから全会一致でなければならないというものであった。(連盟が発足すると、米国は議会の承認が得られず、結局、加入しなかった)
これが重要な案件だったというのは、もちろんである。こんなものが通過したら、世界中が大混乱に陥っただろう。他国を攻め取って植民地とするのは当然、他国を搾取するのは強国の当然の権利とされていた時代である。そういうことは当たり前のことで、何も悪いこととは思われていなかった時代である。
それが否定される、というのは何千年も続いてきた慣習の否定であり、とんでもないことで、日本代表の牧野伸顕(のぶあき)伯爵の提出したこの規約案は否決された。これが太平洋戦争に結びついているといえる。
21世紀初頭の我々からすれば、誰でも当時の世界のこの理念の誤謬(ごびゅう)は火を見るように認識できる。しかし、その時代に生きる者にとっては、そうでない。
歴史を振り返って過去の過ちを指摘するのは簡単である。英語の諺(ことわざ)にも「後方視力は誰でも両眼3.0」というのがある。しかし、過去の欠点をよく指摘できるといっても、それは我々が最終的な真理に到達している、ということを意味しない。次の世代は、また21世紀のクリスチャンが気付いていない欠陥を仮借なく指摘するのである。
求道者の間は、牧師が困るような質問をするものである。特に旧約の倫理や戦争のことなどを問題にし、牧師が冷や汗をかくような質問をする。だいたい誰かがクリスチャンになるときとは、そのような牧師を困らせる質問をしてはいけないと納得するときなのである。これが現実である。
なぜ、牧師は困るのか。もし聖書が真に神の言葉であるのなら、牧師は苦労して弁護する必要はないだろう。冷や汗をかく必要もないのだ。ヨアシュも「バアルは自分で争えばいい」(士師記6:32)と言った。
なぜ、聖書に関して自由な質問をしてはいけないのか。それは伝統的キリスト教が、聖書の一部分を削り、ある部分は拡大解釈し、また聖書とは別の解釈原理を持ってくるなどして、聖書自体とはかなり離れた宗教を作ってしまっているからではないか。
そのような宗教の作出の基準は人間理性であり、人間理性が聖書に勝利している。だからこそ、牧師が必死に弁護せねばならぬ宗教になったのではないか。
文化は宣教の触媒
ここで福音宣教における、文化の役割について考えたい。(福音と文化について全般的な意味で論ずるのでない。あくまで福音宣教との関わりにおいて論じたい)
異文化宣教においては、文化は宣教において触媒の役割を果たす。福音は文化を必ずまとう。前に述べたように、聖書では、福音は中近東的な文化をまとっている。だが、教会の歴史の初期に、福音は中近東の文化を脱いで、欧州の文化に受肉して、(または受肉の方向性を持つことにより)欧州に伝わった。
福音は社会の中で、その文化に受肉する。受肉がなければ、その社会から拒否される。少数の人には伝わるかもしれないが、全体からは拒絶される(それは現在の日本宣教の状況でもある)。そのようにして、福音は欧州の文化に受肉した。
文化に対する感覚の鋭敏さ、また違和感の感じ方というものは国民性によって違いがある。それは、必ずしも生活程度や文化の高低にはよらない。日本の社会は、この点において感受性が鋭い方であるといえるだろう。
過去の欧州では、白人至上主義の文化に受肉せねば、福音は社会に受け入れられなかっただろう。欧州の白人至上主義の価値観と「進歩の図式」は、欧米に広まったキリスト教文化の特徴である(いまも、それはキリスト教哲学の根底にある)。その理念はアジア、アフリカの侵略の成功、欧州の技術革新と富の蓄積などによって強化され、それが神の祝福であるとされた。欧州のキリスト教とは、そういう体質を持った宗教である。しかし、その信条を持ちながらも、人々は福音によって救われ、また人々は神の栄光を現したのであった。
この白人至上主義により、キリスト教国のアジア・アフリカ世界における行動は、多くの場合に「悪魔的な様相」を呈したのは、これまで述べてきた通りである。しかし、だからといって、欧州的なキリスト教信仰が無価値、無効だったのではない。それは「白人至上・有色人種劣等」という誤謬を内包する信仰ではあったが、なお、それを通じて人々は救われ、神の栄光を現したのだった。
神の御心は、福音を信じておれば、倫理や行動において欠陥があっても救ってくださるということである。「やめさせないがよい。あなたがたに反対しないものは、あなたがたの味方なのである」(ルカ9:50)という原則は、しばしば忘れられる。しかし、これはいまに至るまでの主イエスの態度である。主イエスは、瑣末(さまつ)主義によって毒されてはおられない。
いま西欧のその文化は、徐々にではあるが清められつつある。太平洋戦争を通してアジアの諸国は独立し、ついでアフリカ諸国も1960年代に独立した。太平洋戦争によってアジア・アフリカの解放が起こったので、この意義は大きい。
(注・第二次大戦のもう1つの部分である欧州戦争は、太平洋戦争に比べれば、人類の解放という意味では歴史的な価値はほとんど認められない。ナチスからの解放とかいっても、それは欧州の自家中毒と、それからの不完全な解毒にすぎないだろう。アフリカの植民地の解放は、欧州戦争の果実ではない。これはむしろ、太平洋戦争の間接的な結果である、とした方がいいだろう)
現在では白人至上主義は、少なくとも公式の政治原理としては保持できなくなってきている。欧米においては人種差別の放棄を宣言する、また、過去の差別に対して謝罪する、などのことが行われている。しかし、根本的な解決に至っていないのが現状のようである。米国でも、大教派などで黒人に対する謝罪運動などがあるが、必ずしも実を結んでいない。
そもそも悔い改めが告白されれば、その果実として交わりの深化、相互の尊敬の高まりなどが生じるのである。ところが、そういうものがあまり見られないように思うのだが、これは、それらの謝罪などが表面的なことに終わっているからではないか。
つまり、それらが手直しに止まり、根本的なことを放置しているように見える。根本的なこととは何か。それは「進歩の図式」、または「進歩の思想とその構造」の放棄、またそこから出てきた「白人至上・有色人種劣等」の概念の放棄ではないか。
さらに放棄するだけでなく、それに代わる理念を持つことが要求される。そうでないと解決はない。そこまで行かないから不真実さが残り、期待した果実は実らず、どうも偽善的で表面的な行事に終わってしまっているような気がする。
その清めの過程が一番徹底していないのは、オランダ社会のようである。彼らはいまだに「有色人種」に植民地を放棄させられた悔しさを隠せないでいる。
どうやら、それはオランダの代表的な教派が持っている「オランダ・キリスト教思想の精密さ」という偶像が理由で、その偶像が清めのプロセスを阻んでいるのかもしれない。オランダのキリスト教界は、歴史的に緻密な思想体系の強固さで知られ、彼らもそれを誇ってきた。
たぶん、あまりにも緻密なので、部分的な手直しができないのである。首尾一貫した再構築ができるまでは、時間がかかるということなのだろうか。彼らは何世紀もの間、強固で首尾一貫した思想構成こそ、真理性の証拠であるとしてきた。そういう思考の犠牲者なのだろう。
米国の奴隷制時代にペンシルベニア周辺で、アンダーグラウンド・レイルウェイ運動があって、たくさんの逃亡奴隷をカナダに逃がしたが、その中心になったのはクエーカー教徒たちだった。彼らは素朴で無知な信仰者で、あなたと言うのに「ユー」と言わずに「ザウ」と言った。これはキング・ジェームス版聖書に使われている古典英語の形である。
彼らは、主イエスと弟子たちが古典英語を使っていたと思っていたらしい。それで主イエスのしたように、自分たちもしようと思って「ザウ」を使った。(ジーン・ウェブスターの『あしながおじさん』の中で主人公が入学した大学もそうで「ザウ」を使って生活している、と手紙に書いているところがある)
このように聖書の原語と英訳聖書の違いも把握できなかった、単純で無教育な信仰者たちだったが、「主にある黒い兄弟たちを助ける」のに積極的だった。彼らには、そのような救出活動をジャマする形而上学や緻密な思想の体系はなかった。これは大切なことである。いつもは粗野を笑われていた彼らだけが、この時に当たって、真理を実践したのである。その時、既成の教派はすべて無力であった。
(後藤牧人著『日本宣教論』より)
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【書籍紹介】
後藤牧人著『日本宣教論』 2011年1月25日発行 A5上製・514頁 定価3500円(税抜)
日本の宣教を考えるにあたって、戦争責任、天皇制、神道の三つを避けて通ることはできない。この三つを無視して日本宣教を論じるとすれば、議論は空虚となる。この三つについては定説がある。それによれば、これらの三つは日本の体質そのものであり、この日本的な体質こそが日本宣教の障害を形成している、というものである。そこから、キリスト者はすべからく神道と天皇制に反対し、戦争責任も加えて日本社会に覚醒と悔い改めを促さねばならず、それがあってこそ初めて日本の祝福が始まる、とされている。こうして、キリスト者が上記の三つに関して日本に悔い改めを迫るのは日本宣教の責任の一部であり、宣教の根幹的なメッセージの一部であると考えられている。であるから日本宣教のメッセージはその中に天皇制反対、神道イデオロギー反対の政治的な表現、訴え、デモなどを含むべきである。ざっとそういうものである。果たしてこのような定説は正しいのだろうか。日本宣教について再考するなら、これら三つをあらためて検証する必要があるのではないだろうか。
(後藤牧人著『日本宣教論』はじめにより)
ご注文は、全国のキリスト教書店、Amazon、または、イーグレープのホームページにて。
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