国際的にも高い評価を受けているドイツのゲッティンゲン少年合唱団が初来日し、3月17日から4月2日までの3週間にわたり、全国7都市9会場を巡るツアーを行った。テーマは「平和を与えたまえ」。最終日は、カトリック東京カテドラル関口教会(東京都文京区)の聖マリア大聖堂で、ヘンデルのオラトリオ合唱曲やマリアの賛歌のほか、戦争の悲惨さを表現した曲や日本とドイツの民謡などを披露。幼い頃から本格的な音楽指導を受けてきた約60人が、平和の願いを歌声に乗せた。
ドイツ中部の都市ゲッティンゲンは、1737年に設立されたゲオルグ・アウグスト大学(ゲッティンゲン大学)を中心とした大学都市。同大はノーベル賞受賞者を40人以上輩出している名門だ。そのゲッティンゲンで、同合唱団は1962年に作曲家フランツ・ヘルツォーク(1917〜86)によって創設された。ヘルツォークは戦前、ドイツで最も古い少年合唱団の1つであるドレスデン聖十字架合唱団の団長を務めており、戦後に創設されたゲッティンゲン少年合唱団もその伝統を受け継いでいる。海外公演はこれまで11カ国に及び、昨年ヘルツォーク生誕100年を迎えたことなどから、初の日本公演が計画された。
ツアーは、ゲッティンゲンのあるニーダーザクセン州と友好交流提携を結ぶ徳島で始まった。その後、ドイツでは原発や原爆に対する関心が高いことから被爆地・広島を訪問し、日本基督教団広島流川教会で公演。さらに、日本の伝統文化が息づく京都、鎌倉でコンサートを行った。京都では、東本願寺の施設と在日大韓基督教会京都教会でコンサートが行われた。前者は、異宗教間の交流であり、後者は、ドイツではナチスによるホロコーストへの反省から、民族差別に対する教育が進んでおり、在日の人々と交流を持つ意図があったという。
東京では、聖マリア大聖堂のほか、在日ドイツ大使公邸でも公演。茨城では、日本基督教団水戸中央教会の日曜礼拝で歌い、茨城キリスト教学園高等部でワークショップとコンサートを行った。水戸中央教会は、ツアーの実行委員会で日本側の受け入れを担当した山本隆久牧師が牧会する教会。山本牧師はゲッティンゲン大学に7年間留学した経験があり、そこで出会ったゲッティンゲン少年合唱団の会長夫妻からは多くの助けを受け、それ以来深い交流がある。水戸中央教会は東日本大震災で被災し建て替えを余儀なくされたが、ドイツからも支援を受けた。2年前に完成した新会堂を合唱団が訪れたのは、イースター(復活祭)であった4月1日。遠いゲッティンゲンの地から祈り、支援した新しい会堂で共に主の復活を祝った。
ゲッティンゲンは、世界7千都市が加盟するNGO「平和首長会議」の一員。合唱団はゲッティンゲンの音楽親善大使でもあり、ツアーのテーマ「平和を与えたまえ」には市全体の願いが込められている。コンサートでは、第2次世界大戦で兵役に就き、戦争の恐怖を身をもって体験したヘルツォーク自身が作曲した「戦争は災いなり」「国の境には」などを披露。また、数百年以上も教会の礼拝やミサで歌い継がれてきた「われらに平和を与えたまえ」や、主にある喜びをテーマとしたメンデルスゾーンの「詩編100編」などを歌った。
クラシカルな曲ばかりでなく、シャンソン歌手バルバラによる「ゲッティンゲン」なども歌った。ユダヤ系フランス人のバルバラは、ナチス・ドイツがフランスを占領していた時代、迫害を逃れるため各地を転々とした。戦後に再び訪れたゲッティンゲンを気に入り、この曲を作ったという。パリであろうとゲッティンゲンであろうと「不安と喜び、戦争によって流された涙、平和を求める気持ちはどこも同じ」というメッセージが込められている。
ニーダーザクセン州と徳島県の友好関係も、戦時中にあった音楽にまつわるエピソードが端緒となっている。同県には第1次世界大戦時、捕虜収容所があったが、今からちょうど100年前の1918年、ドイツ人捕虜たちが収容所でベートーベンの交響曲第9番を日本で初めて演奏したのだ。捕虜たちは収容所でも文化活動が許されるなど、人道的な扱いを受けたとされ、それが今日の交流につながっているという。
「われわれは、音楽は平和の実現に多大なる貢献ができると信じています。音楽は人々や民族を相互に理解するための橋の役目を果たします」。ゲッティンゲン少年合唱団会長のヘルベルト・シュアと、同指揮者のミヒャエル・クラウゼの両氏はそう話す。
ツアーで訪れた各地では、地元の少年少女合唱団とも協力した。聖マリア大聖堂のコンサートではNHK水戸児童合唱団がステージに上り、「桜」や「ふるさと」などを披露。ゲッティンゲン少年合唱団とも共演し、日本語とドイツ語でそれぞれの国の民謡を歌った。欧米の多くの都市では、少年合唱団が青少年教育の一翼を担うとして高く評価されている。こうした民間レベルの交流によって、日本でも少年合唱団が設立されることが、ツアーを企画した山本牧師たちの願いでもある。
3週間にわたるツアーに同行し、全国各地を巡った山本牧師は、全日程を終えて次のように感想を語った。
「このコンサートを通じて、私たちの教会にも少年合唱団の設立が促進されればと願ったが、ゲッティンゲン少年合唱団に同行し、団員がどのように育てられているかを子どもたちから直接聞くと、とても一朝一夕にできるものではないことを痛感した。また、何でも西欧に追い付き追い越せと考えるのではなく、ドイツのキリスト教社会が生み出した1つの無形文化財として、それを鑑賞させていただくという姿勢もあると思わされた。
ドイツには『日本には一度、行ってみたい』と思っている多数の少年合唱団があるが、民族間の習慣や考え方の違いで、来日が挫折してしまうことがあると聞く。主イエス・キリストにおいて一致している教会は、このような民族間の相違を乗り越える意志が与えられており、外国の合唱団の招聘(しょうへい)に関わることは、文化交流に貢献しつつ、福音宣教に奉仕をする良い機会であると思う。
ゲッティンゲン少年合唱団を送り出してくださったドイツの皆様、また受け入れに奔走してくださった日本の皆様に心より感謝を申し上げる。また、この私たちの小さな業を実現してくださったのは、まさに主イエス・キリストであり、主の御名があがめられるように祈る」