前回は、国立公文書館の役割を中心に、加藤丈夫館長が興味深い資料「時を貫く記録を守る~世界に誇る公文書館の実現を目指して~」を用いて親しく伝えてくださった内容を報告しました。
今回は、加藤館長ご自身に焦点を絞りたいのです。公文書館といっても、さらには公文書そのものも、結局は人間が課題です。今回の訪問を通して、国立公文書館の現状、さらには将来構想に圧倒され、頼もしさを覚えたのは確かです。
しかし、何よりも私の心を熱くしたのは、人間、そうです1人の人間加藤丈夫が、館長として重責を担っている事実です。
加藤館長は、2013年に国立公文書館長として就任する以前は、日本の代表的な企業の経営者として一貫して活躍されてきました。そのような背景から、公文書館長としての大任を委ねられたのです。この事実から心に浮かぶ1つの言葉は、企業の行動が常に高い倫理性をもって行われなければならないとする「企業倫理」です。
会社を現実に動かすのは、結局一人一人の人間であり、企業倫理の実践において最も現実的な課題は、個々の人々の言葉と行動であると認めざるを得ません。企業の現場で、言葉の真実を実践し貫き通してきた加藤館長は、しばしば教育について語っています。その中核的な主張として、「やはり大切なのは、学校の中に自然に盛り上がっていく雰囲気です。いつも現状に満足しない向上心を持つ、いつも弱いものの味方に立つ、正義感を持つ、絶対悪いことをしない倫理観を持つ」ことの重要性を主張されています(「教育家庭新聞」インタビューより)。
このような言葉の真実、つまり、あることをないことにしない、ないことをあることにしない。実業界で実践してきたこの素朴な生き方を、公文書に責任を負う公文書館長として日々実践している。今回の訪問を通して、その存在感に深い感動を覚えたのです。
以上のような加藤館長の人間性に深い影響を与えたものとして、彼が高校時代に経験したクラブ活動・ボート部の存在を覚えます。加藤少年は、日本で一番伝統の古いボートレースを続けているボート部に入部、高校1年と2年の時には伝統の対抗ボートレースに出場したのです。全校生憧れの花形選手です。
しかしその実態は、1年に1回のメインイベントである対抗レースのために、来る週も来る月も単調に見える体力づくりのための繰り返しの連続である練習です。
ナックルフォア(4人漕ぎ、舵手つきの規格艇)と呼ばれるボートによる競技は、4人の選手がスタートからゴールまで、オールを一かき一かきかいていく。しかも、4人が舵手の判断に従って心を合わせ、体の動きを合わせ、同じことを繰り返していく。単調といえば、これ以上単調なスポーツはないといえます。
しかし、その単調さの中で、自分が与えられた場所、自分が与えられた役割を、どの瞬間も初めから終わりまで果たし続けていく。1人の個として、同時にクルー全体の調和と統一の下に。そこには、一切のごまかしも見せかけもない。あるのは、事実と真実。
私もボート部に属していた者として、そこでの経験が生涯に与えた影響を覚えるとき、今回の国立公文書館訪問、そこで出会った加藤館長の生き生きとした言動の根底に、ボートを黙々と漕ぎ続ける加藤少年の姿を見る思いがしました。10代のあの時も、70代の今も。
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