フィリピン南部ミンダナオ島の都市マラウィで、過激派組織「イスラム国」(IS)に忠誠を誓う複数の武装勢力と、フィリピン政府軍による戦闘が1カ月以上続いている。キリスト教徒(カトリック)が多数派を占めるフィリピンだが、ミンダナオ島は人口の約4分の1をイスラム教徒が占め、特にマラウィは人口約20万人のほとんどがイスラム教徒だ。武装勢力は、キリスト教徒やISが敵視するイスラム教シーア派、多神教信者らを一掃し、マラウィに東南アジアにおけるISの拠点を築こうとしている。
外国人戦闘員も参戦、死者390人に
NHKなどによると、戦闘の引き金になったのは、政府軍が現地のイスラム過激派組織「アブサヤフ」の最高幹部、イスニロン・ハピロン容疑者(51)の潜伏情報をつかみ、5月23日にマラウィのアジトを急襲したことによる。蜂起計画の情報があったという。ロイター通信によると、2014年にISへの忠誠を誓っていたハピロン容疑者は、地元の他の過激派組織をまとめ上げ、昨年には東南アジアにおけるISの指導者に任命されていた。
今年1月には、治安部隊がアブサヤフの山岳拠点を攻撃しており、政府軍はハピロン容疑者が負傷した可能性が高いと見ていた。しかし、ハピロン容疑者はマラウィに逃れ、協力する他の過激派組織と合流。さらに、サウジアラビアやパキスタン、チェチェン、モロッコなどの遠方からの外国人戦闘員も加わり、携行式ロケット弾や高性能ライフルで武装した約400人の戦闘員が瞬く間にマラウィ市内に展開し、広域を掌握した。
ドロリゴ・ドゥテルテ大統領は23日夜、ミンダナオ島や周辺の島々に戒厳令を布告。当時はロシアを訪問中だったが途中で帰国せざるを得なくなった。政府軍はこれまで、地上部隊を展開するとともに、局所的な空爆も実施し、米軍からは武器や情報提供などの支援も受けている。しかし、激しく抵抗する武装勢力に苦戦し、地元のサンスター紙(英語)によると、死者は6月25日までに、市民27人、戦闘員290人、政府軍70人と、計390人余りに上る。住民の大半は周辺の町に避難したものの、取り残された住民も多いという。
ターゲットにされるキリスト教徒 教会放火、銃殺映像も
複数の過激派組織が政府軍と戦闘を繰り広げる中、中心となっているのは、共にISに忠誠を誓う「マウテグループ」と「バンサモロ・イスラム自由戦士」(BIFF)と呼ばれる組織。マウテグループは、アブサヤフとは協力関係にある。報道によると、これらの組織は、キリスト教徒をターゲットに脅迫や殺害行為を行っている。
ロイター通信によると、戦闘が始まった5月23日、戦闘員らは刑務所や警察署を襲撃。刑務所を襲った際には、「キリスト教徒を引き渡せ」と要求してきた。刑務所には当時、キリスト教徒の職員が1人だけいたが、服役者の中に紛れ込むことで逃れることができたという。6月4日には、IS系のAMAQ通信が、戦闘員たちがマラウィ市内の教会を荒らし、放火する映像を公開した。フィリピン・カトリック司教協議会(CBCP)運営のニュースサイト「CBCPニュース」(英語)によると、放火されたのは聖マリア大聖堂で、マラウィのエドウィン・デラ・ペナ主教は「われわれは、この出来事に怒っています。われわれの信仰が本当に踏みにじられてしまったのです」と強く非難した。
さらに、12日にはキリスト教徒とされる男性6人が戦闘員に銃殺される映像が公開された。両手を縛られた6人は、いずれもオレンジ色の服を着せられ、しゃがむように強制された後、背後から一斉に銃撃を受けて殺された。ただし、米ニューヨーク・タイムス紙(英語)によると、映像の真偽を確認することは難しく、政府軍側は映像の信ぴょう性を疑問視している。
戦闘開始4週間で脱出できたキリスト教徒の青年3人
同紙は、マラウィ市内に取り残され、戦闘開始から4週間余りたった後、脱出に成功したキリスト教徒の青年3人について取り上げている。3人は、マラウィで貿易業を営む地元では有名なイスラム教徒の男性の家を改装するために雇われていた。その1人のニック・アンドリグさん(26)によると、50人余りの戦闘員が突然、「アラー・アクバル(神は偉大なり)」と叫びながら、黒い旗を掲げて町に現れたという。
男性は、戦闘員らに対し、家にはキリスト教徒はいないと言い、3人と1組の夫妻を地下にかくまってくれた。男性は後で戻ってくると伝え、別のスタッフと先に避難するが、戻ってくることはなく、5人は取り残されてしまった。家にあった缶詰や米などで食いしのぐが、やがて食糧は底をつく。空腹のあまり家の外にはえている草まで食べるようになるが、空爆の音が次第に大きくなるのを聞き、脱出を決断した。しかし、女性は妊娠7カ月で走ることができなかったため、夫と2人で残ることにした。
「僕たちは(残った夫妻に)もし脱出できたら、必要な物資を持ってくると言いました。そして、僕たち自身にも、僕たちの運命は主と共にあると言い聞かせました」
13日未明、3人は家を抜け出した。低い木々の間を走っては隠れ、ついに武装勢力の支配地域と政府軍が制圧する地域の境界となっていた川に到着した。銃弾が頭上を飛び交う中、3人は転がるように川岸を降りて必死で川を渡り、助かることができた。しかし、残された夫妻は携帯電話に連絡してもつながらず、いまだに消息が分かっていない。
アンドリグさんは、マラウィではキリスト教徒とイスラム教徒が長い間、平和に共存してきたと同紙に語った。かくまってくれたイスラム教徒の男性については「善いイスラム教徒だった」と言い、「僕にはイスラム教徒の友人がたくさんいる」「過去には(宗教の違いが)決して問題にならなかった」と話した。
ISの東南アジアの拠点となる懸念も
ミンダナオ島にはかつて、マラウィを首都とするイスラム教国「マギンダナオ王国」が存在した。17世紀の全盛期にはミンダナオ島全域だけでなく、周辺諸島も支配し、19世紀にスペインに制服されるまで存続した。そのため、ミンダナオ島はイスラム教徒の割合が多く、1970年頃からは、複数のイスラム武装勢力が分離独立を求めて政府軍と衝突するなどしていた。
14年には最大組織の「モロ・イスラム解放戦線」(MILF)が、政府と和平合意するものの、アブサヤフやマウテグループ、BIFFなどの他の組織が反発し、戦闘を続けている。こうした背景から、ミンダナオ島にはISのイデオロギーが根付きやすい土壌があるとされている。さらにISは現在、中東で支配地域を失いつつあり、支持者らに対して、中東に渡航できない場合は、ハピロン容疑者の元に集まるよう呼び掛けているという。マレーシアやインドネシアなどの隣国も強い危機感を抱いており、マレーシアのヒシャムディン・フセイン国防相は「何も手を打たなければ、彼らはこの地域に拠点を築く」(同通信)と警戒している。
現地教会が避難者を支援
戦闘が続く中、避難した住民に対しては、現地の教会が支援に乗り出している。プロテスタントの教団や団体で構成されるフィリピン教会協議会(NCCP)は、「この衝突の破壊的な影響から立ち直り、回復できるよう、イスラム教徒の兄弟姉妹を、祈りにおいて、また行動においてサポートしていただけるよう、すべての加盟教会・団体に求めます」として、避難者のための支援物資や献金を呼び掛けている。