今年の復活祭(イースター)である4月16日を前に、登戸エクレシアキリスト教会(PAZキリスト宣教団、神奈川県川崎市)では12日、ユダヤの過越祭(すぎこしさい)の食事を再現して聖書をより体験的に学び、キリストの十字架と復活を共に感謝する時間を過ごした。
まずテーブルに並べられたろうそくに点火。司式は父親が行うが、火をともす作業は母親が行う。「出エジプト記で幼子モーセが殺されずに助かったのは、モーセの母親や姉のミリアムなど、勇敢な女性の手によってだからです」と青木靖氏。
続いて青木氏が祈りをささげた。「子どもがいるときは祝福もします。セデル(過越祭の食事)は子どもたちの信仰継承のためでもあるからです」
厳粛な雰囲気の中で、「一つ一つの儀式には聖書的な意味が込められているんですよ」と語る青木氏の言葉に、参加者は興味深そうに耳を傾けた。ユダヤ教では、食材からパンの焼く時間まで厳格に決められているというが、今回はできる限りそれを忠実に再現しながら準備した。パンは青木氏が焼いたものだ。
当日用意された式次第は、▽カデッシュ(聖別)、▽ウレハッツ(洗い)、▽カルパス(野菜)、▽ヤハツ(折半)、▽マギッド(物語)、▽マハツ(洗い)、▽モツィ・マッツァ(種なしパンの取り出し)、▽マロール(苦菜)、▽コレフ(間にはさむ)、▽シュルハン・オレフ(過越の食事)、▽ツァフン(別に取っておいたもの)、▽バレフ(祝福)、▽ハレル(ハレル賛美)、▽ニルツァ(嘉納)という12の儀式からなるもの。
参加者と共に出エジプト時代を思い巡らしながら、「新約時代に生きる私たちは罪の奴隷から救われました」と青木氏が語り、感謝の祈りをささげた。
4番目の儀式である「ヤハツ」では、3枚の種なしパンを袋に収め、真ん中のパンを2つに割き、祝祷をささげる。「いろいろな意味がありますが、3つに割るのは三位一体を意味しているとも言われています」
種なしパンの「マッツァ」にもさまざまな意味が込められている。袋に3つに割かれたパンを収めることは「父と子と聖霊」を象徴すると言われている。表面はザラザラで穴が空いているが、青木氏は「イエス様の十字架を思い出す意味があります。釘による穴。傷付かれたイエス様の姿です」と語った。
専門的な言葉も紹介される中で、青木氏は時折ユーモアを交えて場を和ませた。最後は、皿に盛られた食事を食べながら、思い思いの時間を過ごした。皆、自然と笑みがこぼれ、「いつも楽しく学んでいます」「何でも話せる関係ですよ」と楽しそう。
その後、皆で食事を楽しみ、聖餐式も行われた。
ハレル賛美は、詩編を引用した。
すべての国々よ。主をほめたたえよ。すべての民よ。主をほめ歌え。その恵みは私たちに大きく、主のまことはとこしえに。ハレルヤ。(詩篇117篇、新改訳)
ユダヤの風習に従い、最後に「来年こそはエルサレムで!」と2回唱和して儀式を終えた。
日本に暮らす中では、聖書に描かれたユダヤ文化を経験する機会はなかなかない。それだけに、こうして当時の風習を再現しながら聖書をより立体的に体験できるのは貴重と言える。普段のバイブルスタディーに加え、イースターを前にして、聖書のストーリーが創世記から新約の黙示録まで一貫してつながっていることを実感しながら、十字架による罪の赦(ゆる)しと復活を改めて実感する機会となった。