聖学院大学(埼玉県上尾市)は3日、第2回公開シンポジウム「児童・生徒・学生をとりまく教育環境の変化―学校・地域・家庭―」(政治経済学部主催)を同大チャペルで開催した。地域住民や学生・卒業生ら91人が集まり、子どもの不登校、虐待、貧困といった現状や実態について地方行政と教育現場双方から話を聞き、教育の未来や可能性について共に考えた。
今回のシンポジウムは、先月10日に行われた「いじめ」に関するシンポジウムの第2弾で、ヴェリタス祭(学園祭)のプログラムの1つとして開催された。最初に同シンポジウムの主催者である政治経済学部の渡辺英人准教授が「聖学院大学は地域のために何ができるか?」をテーマに発題した。その中で渡辺氏は、現在、学校・地域・家庭が一体となって「悩める心を持つ子どもたちに寄り添い、居場所を与えること」が求められていると述べ、「地域の中の大学は、学び場、語り場、そして積極的な意味で遊び場として、貢献できる可能性を持っている」と強く訴えた。
この発題に基づいて6人が登壇し、それぞれの立場から発表を行った。1番目は、上尾市子ども未来部次長の柳真司氏が「児童虐待対応の現場から」というテーマで発表した。柳氏は、10年前に比べ、上尾市の中央児童相談所でも児童虐待の相談件数が2・9倍増加していると話し、「社会は進歩しているが、その一方で、虐待が増え続けている」と悲惨な児童虐待の現状について明らかにした。
また、「虐待は、さまざまな原因が重なったときに、家族関係が不安定になり、引き起こされてしまう」と説明し、上尾市での児童虐待への対応について話した。柳氏は、「市町村には、虐待の発生予防が求められている。育児不安のある保護者への対応や、ハイリスクな家庭への支援といったところで聖学院大学の学生がボランティアとして協力してくれたらと考えている」と同大への期待を語った。
2番目は、上尾市教育委員会学校教育部上尾市教育センター副主幹の赤羽洋治氏が「上尾市における不登校・いじめ対策」について報告した。赤羽氏は、上尾市教育センターでは、不登校児童生徒の早期発見・早期対応を重点に置き、きめ細やかな支援を行っていることや、いじめの未然防止および早期発見・早期解消を図るために、児童生徒に定期的なアンケートや面談を行うなど、児童生徒の事態把握に努めていると説明した。
現在、全国で22万件のいじめが報告されているが、昨年上尾市で報告されたいじめ件数は13件で、今は全て解消されているという。赤羽氏は、「全国的に見れば上尾市のいじめの数は少なく、この要因は未然防止にある」と強調した。ただ、いじめの定義など、統一されていないところもあり、こういった点も留意していきたいと話した。そして、「学校が児童生徒にとって夢を語れる場所であってほしい。学校生活の中で成長を感じてほしい」と述べ、「今後も学校が児童生徒の居場所となることを目指していきたい」と語った。
3番目は、松実高等学園春日部駅前校校長代行の齊藤友昭氏と同学園企画推進戦略室長の荒川学氏が、「『居場所』としての学校を考える」とのテーマで発表した。同学園は、14年前に埼玉県春日部市で「フリースクール」および「通信制高等学校のサポート校」として創立された。現在では、300人を超す児童生徒が在籍し、年度途中の入学者も入れれば年度末には約350人の児童生徒になるという。同学園のキャッチ・フレーズは「やっと見つけた!自分の居場所!」だ。
同学園は、児童生徒の「居場所問題」である「不登校」「高校中退」問題に取り組んでいる。同学園では、「居場所」と「自信」を失った児童生徒が、もう一度それらを取り戻すことに主眼を置き、その中に進路指導を溶け込ませていくという。また、同学園の教育・入学相談では、原則として過去に何があったかは聞かない。その代わりに、在籍校の不満や自分が抱えている不安を可能な限り知り、新たな「居場所」にどんな「安心感」や「ニーズ」を求めているのかを察知するようにしている。
齊藤氏は、同学園が支持されることは喜ばしいことである半面、日本の不登校児童と高校中退者の高止まりは何とかしなければならないと話し、3つの問題提起を行った。1点目は、「学校観の転換」で、教育における「不易と流行」を常に念頭に置きながら、時代や社会に柔軟に対応すること。2点目は、「危機感について」で、教育は将来的な「納税者」を育成する側面を持っていることから、若者の社会的自立を確かに約束するような社会的・教育的環境を整えていくこと。3点目は、不登校・高校中退に対する視点の転換で、「マイナスに見られがちな不登校・高校中退を、プラスの方向へと向けてあげるのは、大人の責任だ」と力を込めた。
続いて、聖学院大学副学長で政治経済学部教授の平修久氏が「大学生にとっての居場所」とのテーマで話した。この中で平氏は、居場所をめぐる議論は、1990年代の不登校児童・生徒に対する支援に端を発していると説明した。また、さまざまな調査研究を経て、居場所の分類が行われてきたと述べ、その中で「社会的居場所」「人間的居場所」「匿名的居場所」という分類に注目した。
同大では、匿名的居場所は、求める条件の個人的差異が大きいため、意図して作ることは難しいが、入学前準備学習や、今年の春オープンした地域共生広場「1cafe」を人間的居場所として大学側が提供しているという。また、社会的居場所としては、ボランティア活動支援センターが、居場所への橋渡しを行っていることや、さらに、地域の人たちが地域活動に学生たちを受け入れ、地域が学生にとって役割感を確認する場になっていると語った。平氏は、「今後とも、大学としては多様な居場所の提供を心掛けることが必要。社会的居場所の拡充については、地域の方々との連携が必要」と話した。
その後登壇した同大政治経済学部教授の柴田武男氏は、「奨学金問題、学資金問題」について発表した。柴田氏は、大学生活を支える家計の収入が減少する一方で、大学の学費が高騰していることや、日本学生支援機構の奨学金の返済がいかに厳しいものかを実際の数字から説明した。また、OECD加盟34カ国中の大学授業料と奨学金の状況について一覧表で示し、日本がいかに高等教育に対して冷たい国であるかを明らかにした。
そして、現在文部科学省が進める「給付型奨学金」については、「対象者に対する考え方が余りに貧困で評価できない」とし、従来からずっと変わらない日本社会の貧弱な高等教育の在り方を批判した。その上で「こういった高等教育に冷たい社会を作ってしまったのは私たち」と大人全体の責任を指摘した。
最後に、同大チャプレンで政治経済学部教授の菊地順氏が、「新しい共同体(家族)の形成を目指して」とのテーマで、地域におけるキリスト教大学の役割を語った。菊地氏は、キリスト教が最初に取り組んだのは、血縁を超えた人たちによる教会の設立であったと話した。そして、教会は、1つの部分ではなく多くの部分から成り、それが1つの体を成し、不要な部分など何1つないことを、聖書のⅠコリント12章14~26節を引用して語った。
また、同大の理念10カ条を示し、同大が地域に仕える大学でありたいと願っているとし、新しい共同体(家族)の形成に向けた試みについて、2つのモデルを示した。モデルⅠは、地域・社会とキリスト教大学(学校)を結ぶもの。モデルⅡは、キリスト教大学(学校)と教会を結ぶものだ。菊地氏は「血縁を超えた共同体の形成が必要であり、教会がそのモデルとなれるのではないか」と結んだ。
シンポジウムに参加した同大の卒業生は、「広い時間軸で取り上げ、たくさんの情報提供を得ることができ、とてもよかった。次回は、もう少しクロスさせた話や、地域社会でできることについて、より具体的な話も聞きたい。続編を楽しみにしている」と感想を語った。