三浦綾子原作の映画「母―小林多喜二の母の物語」(主演:寺島しのぶ)が9月中旬、本格的にクランクインした。撮影は、静岡県内の古民家、神奈川県厚木市にある多喜二ゆかりの旅館などで行われた。
山田火砂子監督の「よーい!スタート!」「はい、カット!」の声が、緊張感で張り詰めた撮影現場に響き渡る。現在84歳の山田監督は、日本の女性映画監督の最高齢。山田監督の厳しくも優しい人柄を慕う人は多い。
22日には、小林家に乱入し、逃亡しているタコ(土工)を探す棒頭役を演じる進藤龍也牧師(罪人の友主イエス・キリスト教会)と子分役の罪友メンバーが静岡県内で撮影に臨んだ。「開けろ!」の声とともに、荒々しく小林家に上がり込み、「タコは見なかったか?」と渡辺いっけい演じる多喜二の父、末松に詰め寄るところからシーンが始まった。
「あっちの方に行ったよ」と寺島しのぶ演じる多喜二の母セキが言うと、「なに? あっちの方だな…よし、いくぞ!」と足早に部屋を去っていくという一連のシーンに、セリフは3つ。動きを含めた時間は約1分半ほどだ。
進藤牧師に話を聞くと「とにかく緊張した。出番の前はよくよく祈って『どうか神様の栄光が現されますように』と罪友メンバーと心を合わせた。しかし、脚本を読むことはできるけど、動作と一緒になるとタイミングが分からない。何度もやっているうちに、周りの方々に申し訳なくて、余計に焦ってしまった」と撮影後に感想を話した。
セリフは、ほとんどが東北弁。方言の指導者が常駐し、撮影が進んでいる。進藤牧師は、この慣れない東北弁にも悩まされていたようだ。現場では、照明、カメラ、音響、衣装、メイク、その他いろいろな役割を持つスタッフが見守っている。「本番!」の声が掛かると皆が一斉に息をひそめて演技を見守り、山田監督からの「カット!」の声を待つ。その間、咳払い1つすることはできない。進藤牧師の緊張がこちらにも伝わってくるようだった。
数回のテイクを行い、監督から「OK!」の声が出た。ほっとした進藤牧師と罪友メンバー。撮影後は、主演の寺島や渡辺らとも気軽に言葉を交わし、教会の話や進藤牧師が重荷を負って取り組んでいる薬物問題についても話が及んだ。
「本当に良い経験をさせてもらった。出来上がりが楽しみでもあり、ちょっと気恥ずかしい気もしているが、多くの人に見てもらいたい映画。自分のことはともかく、母の愛、キリストの愛を感じることのできる映画なのでは」と進藤牧師は話した。
27日には、多喜二ゆかりの温泉旅館の離れで撮影が行われた。この場所は、多喜二が1カ月間だけ、隠れ家として使用していたとされ、現在も本人が羽織った丹前(たんぜん)などがそのまま残されている。ここで小説『オルグ』を執筆したとされている。
この日、撮影に臨んだのは、クリスチャンの落語家で女優の露のききょうさん。山田監督から「そっくりだ!」と言われたことがきっかけで起用されたのは、多喜二の作家仲間、宮本百合子役。セリフは少ないものの、多喜二が獄中でせっかん死した後、遺体が小林家に運ばれ、その遺体を前に悲しみをあらわにするという難しい場面を演じる。
撮影前に話を聞くと「さほど緊張はしていない。少々鈍感なところは、私の賜物だと思っている」と笑顔を見せた。同作については「母の愛は、学のあるなしに関係ない。生きるために必要なことを教え、子どもを愛するセキさんの姿に、誰もが感動を覚えるだろう。クリスチャン作家の三浦綾子さんの作品ではあるが、『キリスト教』を全面に押し出したものとは違う。多くの人が好感を持つ映画なのでは」と話した。
この日の撮影現場は、前日と打って変わって蒸し暑く、室内にエアコンはない。本番では扇風機の音や風が不自然に入ってしまうため、全て止めなければならない。
狭い室内では照明が照らされ、数十人のキャストとスタッフが所狭しと動き回るため、気温はさらに上昇。シーンは、多喜二が亡くなった2月の設定。出演者は、厚手の着物を羽織っていた。そのような過酷な現場でも、主演の寺島しのぶ、多喜二役の塩谷瞬、安田医師役の赤塚真人らをはじめとする出演者は迫真の演技を見せた。
28日にクリスチャンのエキストラ数人と共に家庭礼拝のシーンの撮影に臨んだのは、純福音成田教会の妹尾光樹牧師。舞台俳優の経験もある妹尾牧師は今回、近藤牧師役の山口馬木也に牧師の立ち居振る舞いなどの演技アドバイスも行った。
家庭礼拝の後、多喜二の姉が茶菓子でもてなし、それを口にするシーンがあった。台本にはなかったが、「通常クリスチャンは、茶菓子であっても神様に感謝をしてから口にする」と話し、簡単に祈るシーンが加えられた。時間の関係で「ボツ」になってしまったものの、家庭礼拝の最後には祝祷シーンを加える提案もなされ、山口に祝祷の作法をアドバイスした。
その後、「十字は切らないでよいのですか?」などの質問もあったが、「十字を切るのはカトリックの作法。プロテスタントの信仰者は、十字を切ることはない」と話したのだという。祈る時は目を閉じる…など、クリスチャンにとっては当たり前の仕草(しぐさ)ではあるが、教会に足を運んだことのない人にとっては、一つ一つが未知の世界なのだと感じたという。
山口からは「私のような『ニセモノ』が牧師を演じても良いのでしょうか」と妹尾牧師に質問があったといい、これに対し「演じるのは、あなたのお仕事だから良いのでは。心からの演技を見せてほしい。後は神様が判断してくださる」と話したという。
同作について妹尾牧師は、「人は誰しも『母』の胎から生まれてくる。母を慕う人、誰かの母である人、全ての人に見てほしい映画。キリストへの信仰があるなしにかかわらず、とても温かな気持ちになる作品だと思う」と話した。
「現代ぷろだくしょん」は現在、全国の映画館に上映を呼び掛けている。現在のところ、2月の多喜二の命日に当たる「多喜二祭」前後に新宿の映画館での上映を皮切りに、東京都内、神奈川県内、千葉県内、北海道内などでの上映が決定している。
また、この映画の「製作協力券」を販売している。1枚千円の映画鑑賞チケットを購入すると、その一部が映画製作のための協力金になるというものだ。100枚以上の購入で、希望者には団体名、もしくは個人名がエンドクレジットに記載されるが、1枚からでも購入は可能(送料は『現代ぷろだくしょん』が負担。振込手数料は購入者が負担)。教会などの単位での申し込みも歓迎している。申し込みは、電話、ファックス、またはメールで。詳しくは、ホームページ。
<製作協力券代金振込先>
郵便振替口座:00140‐7‐672706
受取人:三浦綾子原作「母」を映画にする会
連絡先:(株)現代ぷろだくしょん 担当:川野
電話:03・5332・3991 FAX:03・5332・3992
メール:[email protected]