国際テロをテーマにしたワークショップと「社会の中の国際テロ・セカンドステージ」と題した公開講演(同志社大学一神教学際研究センター主催)が18日、同大で行われた。午前のワークショップでは、「Police and Internal Security」と題して、IPSA(The International Police Science Association=国際警察学協会)のマネージャーによる国際的な「警察学(Police science)」の現状についての報告の他、警察庁の元テロ対策担当者や、防衛大学教授、ロサンゼルス市警察官による講演も行われた。
「警察学」とは、まだ耳慣れない言葉だが、警察活動を強化することを目標とし、個人の権利と自由を制限せずに社会的治安の脅威に対応することを目的とした学問であり、2013年に米国、ニュージャージー州に国際警察学会(IPSA)が創設され、現在世界各国の40以上の団体と個人が参加しているという。
具体的な活動としては、セミナーや訓練を通して専門知識の共有や、他の科学の分野研究との連携、各国の警察学関連データベースの活用などを通して科学的捜査官の育成などを行っていることが報告された。
元警察庁外事情報部国際テロ対策課課長補佐の吉村郁也氏は「日本における国際テロ対策の現状と課題」と題して講演した。中東地域での駐在経験もある吉村氏は、拘束され身柄の安全が懸念されているジャーナリスト安田純平さん(41)のケースにも触れ、1994年から2015年までに国際テロによる日本人被害者は58人に上っており、「過激派組織『イスラム国』(IS)も名指しで日本を攻撃の対象としており、国際テロの脅威はもはや他人事ではなく深刻な問題だ」と述べた。
今年5月の伊勢・志摩サミットや2020年の東京オリンピックに向けての日本における国際テロ対策の現状では「水際対策の強化」が重視されており、顔画像や指紋照合などのバイオメトリックスシステムの導入やAPIS(入国者の情報管理システム)や国際連携、民間企業などとの連携強化の取り組みなどが行われていることが説明された。
防衛大学校国際関係学科の宮坂直史教授は「日本のテロリズム対策政策 防止、応答、民間部門の役割」と題して講演、1960年代からの日本におけるテロ事件を振り返った上で、現在のテロ対策訓練についても説明した。また、従来の化学・生物テロに加えて、近年は原子力発電所へのテロのリスクが懸念されていることにも触れ、テロリズムは多様化している一方で、対策や計画がワンパターンになりがちであり、「もし東京で大規模な爆発テロが起きたとき、病院が緊急受け入れするのが困難」と懸念を述べた。さらに、対策をする警察や一般の人にイスラムへの一般的な知識がなさすぎることも指摘された。
この他、「心的外傷後ストレス障害(PTSD)の判定」やロサンゼルス市警察担当者による「ドローンと安全問題」という講演も行われた。
午後からは同志社大学神学部チャペルで、「社会の中の国際テロ・セカンドステージ」と題して、国際警察学会(IPSA)会長のアムドゥフ・アブドゥルムッタリブ教授(アラブ首長国連邦)による講演が行われた。同氏は18歳からエジプトでさまざまな警察業務に従事した後、カタール、アラブ首長国連邦で長年にわたり安全保障や法律顧問を務め、アラブ諸国や米国などで、警察学・刑事司法を研究している。同学会では、さまざまな国から65人の研究者を集めて警察学の研究を行っているという。
まず同氏は、国際テロリズムについては、政治、法律、警察などからどのように定義するかで250もの定義があり、実態を捉えるのが非常に困難であることを指摘、その原因はテロ行為が犯罪暴力行為と比較して動機が著しく異なっていることが理由にある、と述べた。
世界のテロ事件の統計 3万2千人の犠牲者、前年に比べ80%増加
さらに、世界のテロリズムに関する統計も報告された。国際テロ統計分析(2015年発表)によると、テロによる死亡者の数は、2014年は前年度に比べ80パーセント増と統計を取り始めてから過去最多となり、世界で3万2685人(2013年は1万8111人)に上る。2000年以来、テロ行為死亡者数は9倍になっているが、研究対象国の162カ国中、95カ国では死亡者を出すテロは発生していないが、67カ国では死亡者が増加しているという。
国別では、ナイジェリアが最多(全体の23%)を占め、さらにイラク、シリア、アフガニスタン、パキスタンと続く5カ国が最も多い。テロ組織別では、ナイジェリアのボコ・ハラムによるテロ犠牲者が6644人、イラクとシリアのISによるテロでは6073人が死亡した。しかし、メディアではISに関する報道が圧倒的に多いのが現状だ。それらのテロに対する世界の治安対策費は1170億ドル(約13兆2千億円)にも達するという。
一方で、死亡者は増加しているものの、世界の殺人犯罪による死亡者は年間43万7千人に上り(テロの犠牲者の約13倍)、テロの犠牲者は実際には通常犯罪の犠牲者よりはるかに少ないという事実も指摘された。
しかしながら、テロリズム犯罪は予想が全くできず、発生した際の被害は大きなものとなるため、テロリズム犯罪の社会的影響力は他のどの犯罪よりも衝撃的であり、マスコミ報道も実態より大きく報道しがちとなる。テロ組織集団もまた、そのような衝撃的な報道を自己の実績として宣伝し、影響力や資金提供を促すために利用するという悪循環があるという。
テロ攻撃の関係性と動機
また、貧しい諸国と比較して、豊かな諸国でのテロの動機は複雑であり、社会経済要因、若者の失業、ジャーナリズムでの信頼、民衆主義への信頼、麻薬犯罪、移民の態度が関係しているという。USIP(米国平和研究所)が、テロ組織アルカイダに参加するために米国から出国した2032人にインタビュー調査を行った結果からは、以下のような事実が明らかになってきたという。
① 男性が大半であり、女性の数は少ない。
② 異常な人格者ではない。教育を受けた人が多い。(反社会的人格者たちは軍事作戦では信頼できない)
③ 組織防衛のために参加を決意しており、アルカイダのような組織の軍事リクルートが参加者の信頼を得ている。
④ 経済的理由だけではない。貧困ではなく、むしろ豊かであることへの怒りや疑問が動機となっている。
⑤ イスラム教のバランスのとれた理解をしてない。
⑥ 家族の大半は普通に宗教実践をしており、宗教を押しつける家庭ではなかった。
⑦ ニュースやメディアを通じて、組織へとひかれていった。
また、「仕事を得る」という意味で参加する者も多いという。ISは、占領地の税金、石油の盗掘などで財政的に豊かであり、ITの使用にもたけていることがこれを支えているという。
対策
この傾向に対する対策の研究も行われている。アフガニスタンでのジハード組織に参加し、その後帰国したヨーロッパ人を調査した結果からは、「帰国者の取り扱い方」が悪い場合にテロに走るケースが増える、という。このため、サウジアラビアやアラブ首長国連邦では、帰国者への再教育や社会適合のための支援制度を作ることで一定の成功を収めているという。しかしアメリカの場合、テロを武力で攻撃し、その結果またテロが発生するという状態になっている、と懸念を述べた。
同氏は最後にテロに対する四つの対策を述べた。
① テロに対する法を制定しての対応
② 財政的対応(マネーロンダリング・銀行送金の監視チェック、財源を枯渇させること)
③ 文化的な価値に対する認識、啓蒙(文化・倫理対策)、イスラムの伝達の仕方の改革
④ 国際連携
近年、ペルシャ湾岸の6カ国の間でも共同の対テロ対策会議が組織され、テロリストのデータベース整備などが進められており、イスラム諸国、国連レベルでも同様の取り組みが進められているという。テロ攻撃は、国家間の戦争にとって代わる「第4世代の戦争(4GW=Forth Generation Warfare)という言葉として認識されるようになっている。情報交換と共有、犯罪者引き渡し協力などの対テロ協定締結に加えて、人権と自由の保護、社会・経済・政治・民族・イデオロギー・宗教的な面からのテロの根本的な原因の除去が必要、と締めくくった。
講演の後は質疑応答も行われた。同センターのサミール・ヌーハ教授(エジプト)は、「キリスト教は宗教と政治を分離する、イスラムにおいては政治が最初期からイスラムの制度の中に入っている。宗教としてのイスラムは、ムスリムに対して政治を行うための文脈であり、政治や言語をそこから引き出す源泉のようなものです。その中で過激派を用いて特定の目標に使用するように仕向けている。しかし、これらの行動はイスラムの教えを反映したものではない。彼らがアラーやカリフ制のために戦っていると言ってもそうではない。われわれは中東における諸政府が社会の治安と市民の安全の間にバランスの取れた政策を取ることに意を用いることができてこなかったし、警察組織にも問題があった。しかし、テロ根絶のために民主的な価値観、社会的な価値観の保護、社会の平等、差別のない治安サービスが行われることが確保されるべき」と述べた。
(1)(2)