北東アジア非核兵器地帯を求める市民社会の活動を宗教界にも広げようと、キリスト教や仏教を含む日本の宗教者4人が呼び掛け、12日、北東アジア非核兵器地帯の設立を求める声明を日本語と英語で発表した。
「核兵器は、そのいかなる使用も壊滅的な人道上の結末をもたらすものであり、私たちの宗教的価値、道義的原則、そして人道法に反します。従って、宗教者にとって核兵器の禁止と廃絶は、神聖な責務であります」と、同声明には記されている。
「私たち日本の宗教者は、北東アジア非核兵器地帯の設立を支持し、これによって日本が非人道兵器である核兵器への依存から脱し、被爆国として積極的に『核兵器のない世界』実現に貢献することを求めます」と、同声明の日本語版は結んでいる(全文は下記に掲載)。
この声明には、呼び掛け人として、小橋孝一(日本キリスト教協議会[NCC]議長)・杉谷義純(元天台宗宗務総長、世界宗教者平和会議[WCRP]軍縮安全保障常設委員会委員長)・高見三明(カトリック長崎大司教区大司教)・山崎龍明(浄土真宗本願寺派僧侶)の各氏が署名している。
また、NPO法人ピースデポ(神奈川県横浜市)がプロジェクト連絡先となっており、WCRP日本委員会(東京都杉並区)が協賛している。ピースデポは、平和問題に関する系統的な情報・調査研究活動を通じて、草の根市民活動に貢献していこうとの目的で設立された市民団体。
声明には、呼び掛け人または賛同人になってくれる宗教者の回答用紙が伴っており、その回答送付先はピースデポとなっている。回答用紙の肩書欄には「(○○教会牧師、○○宗□□寺住職など)」と書かれており、WCRP日本委員会事務局の篠原祥哲氏によると、この回答用紙は今後、手紙と共に関連の宗教者に送られるという。
これに先立って12日、衆議院第二議員会館(東京都千代田区)でこの声明のキャンペーン開始についての記者会見が行われた。
ピースデポ副代表の湯浅一郎氏はこの会見で、声明の英文は国際的なNGOや国連に提出することを想定していると述べるとともに、「この署名そのものは必ずしも期限を切ったものにはならないだろうと考えているが、当座の今年に関しては、第1次集約期間として、核兵器廃絶国際デーである9月26日をめどにして、それまでにできる限り集めて、ある程度の賛同をいただいた形があれば、それを日本政府に提出し要請行動をしていくことを当面の目標にしていくと決めた」と語った。
湯浅氏はこの声明に至る前段としての経緯について、「北東アジア非核兵器地帯が非常に重要な意味を持つことについては、ピースデポとしては、1990年代の半ばごろからさまざまな取り組みを進めてきている」と述べた。
湯浅氏によると、2009年に、翌10年のNPT(核不拡散条約)再検討会議の準備委員会の折、国際的な北東アジア非核兵器地帯を求める署名を集めようとスタートした経緯があるという。
その後、約5年ほどの取り組みの中で、一つは日本の自治体の首長にこの趣旨に賛同してもらうための行動をずっと積み重ねてきた。「その過程の中で、2014年4月のニューヨークでのNPT再検討会議準備委員会の折に、長崎・広島両市長が潘基文・国連事務総長に宛てて、当時543人分の自治体の首長の賛同署名を集めていた」という。
「私たちとしては、日本政府がこの問題について一つのきちんとした姿勢を打ち出すべきだというふうに一貫して考えているのだが、それを推進していくためにも、自治体の首長に続いて、社会を構成する重要な領域の中で宗教者の皆さんがこの趣旨に賛同していくような取り組みというのは、非常に大きなインパクトがあるのではないかという観点から、昨年の夏あたりから皆さんとご相談をさせていただいて、そして今日、キャンペーンをスタートするということになった」と湯浅氏は語った。
また、この記者会見に来られなかった杉谷氏の代理でこの記者会見に出席したWCRP軍縮安全保障常設委員会シニアアドバイザーの神谷昌道氏は、自身の見解として、WCRP日本委員会がこの声明の協賛に関わる背景について語った。
神谷氏は「世界のあらゆる主要宗教が持つ共通の価値」について、「核兵器は究極の暴力である」として、「黄金律の一つとして、『汝殺すことなかれ』というのが、世界の宗教が共通して持つ重要な財産・共有価値である。その観点からしても、核兵器が使用されることが、広島・長崎の後、二度と起きてはいけないし、起こしてはいけないと私どもは思っている」と語った。
「また、世界の主要宗教の教えの中で、平和ということは、共に分かち合う共通の価値であると思う。これも同じく、核兵器は平和の対極にある一つの事象であるので、この核兵器の廃絶について世界の諸宗教が協力して実現に向かう努力というのは、当然、私どもの責務であると思っている」と神谷氏は付け加えた。
神谷氏は次に、WCRPにとって核兵器の廃絶が持つ意味について語り、WCRP日本委員会は昨年、核兵器の廃絶に向けて、「宗教者のみで核兵器廃絶を達成することはできない」「核兵器の廃絶というのは、一つの宗派であるとか、一つの組織で達成されるものではなくて、多くの領域の多くのパートナーと力を合わせて実現に努力していく」という深い信念の下に、さまざまなパートナーと連係して、核兵器廃絶に関する国際シンポジウムなどを開いてきたと強調した。
神谷氏は記者会見後、本紙に対し、ピースデポと宗教者によるこの声明のキャンペーンも、そうしたパートナーの関係によるものだと語った。
神谷氏は記者会見で、WCRP日本委員会として核兵器廃絶を実現するための重要な課題は一体どこにあるのかということを深く考え、その一つが今回の声明にもある北東アジア非核兵器地帯の設立であり、第二の課題が核兵器の非人道性の側面を強調することを通して核廃絶に向かうこと、第三が核兵器の非正当性、言い換えれば核兵器の国際法上の不法性の観点、そして第四が核兵器禁止条約の締結というアプローチをもって、昨年1年間努力してきたと語った。
神谷氏はさらに、あらためて北東アジア地域における非核兵器地帯の創設に対し、宗教者がどのような長所を持ち合わせているかについて述べ、WCRPとアジア宗教者平和会議(ACRP)の世界的な枠組みは国境を超えることができると指摘した。
また神谷氏はこの記者会見で、今後の国際的な運動の方向性に関する本紙記者の質問に対し、「現段階では、どの地域に対してどう活動を広げていくかということはまだまだ発展の余地があり、これから運動を進める中でそれぞれ会合を持ちながら、より具体的に今後の方向性を詰めていこうということで総意が収斂(しゅうれん)されたと私は理解している」と記者団に語った。
一方、呼び掛け人の一人であるNCC議長の小橋氏は、「それぞれの宗教が自分の信仰の根本に立って行動することが一番力になる。そしてそれらが一緒に力を合わせてやっていけるということが、このことの大きな趣旨であろうと思う」と語った。
小橋氏はキリスト者の立場から、「イエス様は自分が捕らえられるときに、弟子に向かって『剣をさやに納めなさい。剣を取るものは剣によって滅びる』」と言われた」と新約聖書のマタイによる福音書26章52節から引用し、「核兵器は究極の剣だと思う」と付け加えた。
「核兵器を取る者が核兵器によって滅びるというのは、歴然と今われわれの目の前にある事態だと思う。要するに核兵器に依存して核兵器を相手に突きつける、それが平和を維持する手段だということはもはや言えない。2千年前にイエス様がおっしゃったように、核兵器を取ってそれによって身を守ろうというようなことは、自らを滅ぼす道なのだ。これが、今の状況の中にイエスが語り掛けてくださっている声だと私は思っている」と述べた。
小橋氏は、「一方、北東アジアの平和は、例えて言えば、ピストルを抜いて今にも撃つぞという構えを持っている者たちがズラッといる。その真ん中にピストルを持っていない者がいて、こんなにピストルを突きつけられるのならば、自分もピストルを持たなきゃいけない。そう思ってピストルを造ろうとすると、それを平和を乱す国だとかいろんなことを言われて、いろんな制裁を加えられる。ピストルを突きつけている側が、自分たちがピストルを突きつけていることを念頭に置かないで、『あそこはピストルを造ろうとしている、けしからん、危ない』ということを、自分の後ろにいる者たちに宣伝しているというふうなことではないかと、単純化して言えばそういうことになる」と、北東アジアにおける軍事的な緊張関係を描写して述べた。
その上で、「大切なことは、ピストルを造らせないためには、ピストルを突きつけている側が、少なくともピストルをしまわなきゃいかん。もうこのピストルをあなたには向けないということを宣言して、そしてこのピストルは徐々に廃棄していくということを明言して動き出したときに、ピストルを造らなきゃいけないと必死になっている者ももうピストルを造らなくても大丈夫かなということになるのではないかと思う。そうしないでおいて、経済制裁だけを加えたってだめだ」と語った。
最後に小橋氏は、「まず自分たちがピストルをやめるということ。そうでなければ、ピストルを造ることをやめさせることはできない。イエス様がおっしゃるように、剣を取る者は剣によって滅びる。結局、ピストルを突きつけている側も、そのピストルによって自らが滅んでしまう。日本の国を守ろうとすれば、日本が核兵器に依存することをまずやめる。それ以外に日本の国の滅びを免れる方法はない」と結んだ。
浄土真宗本願寺派僧侶で仏教学者の山崎龍明氏は、日本の仏教者と戦争の歴史について触れ、「日本の仏教教団は100パーセント大変な戦争協力の教団であり、例外は一つとしてないという現実を目の当たりにした。そこが私の仏教者としての歩みの出発点となった」と語った。
「核のことで言えば、ビキニ環礁の核実験による大変な人間抑圧、こういうことに関しても仏教者が一言も何も言わない。そこには完全に二元論があり、信仰は心の問題であり、社会の問題に関わるべきでないという。私はそれを『世俗への蔑視』という呼び方をする」と厳しいコメントをした。
山崎氏は、「原発は核武装と有機的に結び付いているということを、私たちは見失ってはならないし、現代でも政治家の中では、日本核武装論が底辺では大変強くあることに対して、私たちは警戒心を持たなければならない」と注意を促し、「私たちが発言しなければどうなるんだという場に立たされていながら、いつも積極的な姿勢が見られないということを見てきたので、やはり私たちはものを言っていかなければならない」と語った。「私は仏教者としては、核抑止論ではなく核危険論。核というのは抑止力ではなく危険そのものだということを、認識として強く持っていかなければならないのではないかと考える」と自らの考えを述べた。
山崎氏は自身の信仰に言及し、「恐れが生じたから武器を持ったのではない。武器を持ったから恐れを生じたのである。持てば必ず使いたくなる。持てば安全どころか脅威になる、あるいは恐怖になるというのが、私自身の生きていく根本である」と語った。
「汝、殺すなかれ」について、「仏陀は『殺してはならない。殺させてはならない』(と言われた)。これに尽きる。『殺してはならない。殺させてはならない』と私たち宗教者は口を開けば言うけれども、そのことが今日の社会的なさまざまな命の問題にきちっとリンクしていかなければならない。むしろ机上の空論になっているということを、自分の中に問うてみたい」と語った。
山崎氏は、「私たちはこんなことを言うと、憲法を含めて理想論だとしばしば批判されるが、私は理想を持たない人間は必ず堕落すると思っている。理想は理想であるが故に尊い。そしてその理想によって現実の誤りをきちっと洞察していく。それを担って生きていくのが、私は宗教者の歩みではないかと思いながら、このたびのこの問題に関してもやはり自分自身の身近なところから、一人でも多くの方々と共にこういう方向に向かっての歩みを進めていきたい」と抱負を語った。
なお、呼び掛け人のうち、長崎の高見三明大司教は遠方のため記者会見を欠席した。
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私たち日本の宗教者は、日本が
「核の傘」依存を止め、北東アジア非核兵器地帯の設立に
向かうことを求めます
核兵器は、そのいかなる使用も壊滅的な人道上の結末をもたらすものであり、私たちの宗教的価値、道義的原則、そして人道法に反します。従って、宗教者にとって核兵器の禁止と廃絶は、神聖な責務であります。
「核兵器のない世界」実現のためには、すべての国が核兵器に依存しない安全保障政策をとる必要があります。被爆を経験した日本は尚更であり、一日も早く「核の傘」から出ることが求められます。北東アジア非核兵器地帯の設立は、日本の安全を確保しつつ「核の傘」から出ることを可能にする政策です。それは、「核兵器のない世界」に向けた国際的気運を高めるとともに、深刻化した北東アジア情勢を打開する有効な方法でもあります。
2013年7月、国連事務総長の軍縮諮問委員会が「事務総長は、北東アジア非核兵器地帯の設立に向けた適切な行動を検討すべきである」との画期的な勧告を行いました。また、2013年9月の国連ハイレベル会合において、モンゴルのエルベグドルジ大統領は、北東アジア非核兵器地帯の設立への支援を行う準備があると表明しました。さらには、米国、オーストラリア、日本、韓国などの著名な研究者たちが北東アジア非核兵器地帯設立への包括的なアプローチを提案しています。
私たち日本の宗教者は、北東アジア非核兵器地帯の設立を支持し、これによって日本が非人道兵器である核兵器への依存から脱し、被爆国として積極的に「核兵器のない世界」実現に貢献することを求めます。
呼びかけ人(50音順)
小橋孝一(日本キリスト教協議会議長)
杉谷義純(元天台宗宗務総長、世界宗教者平和会議軍縮安全保障常設委員会委員長)
高見三明(カトリック長崎大司教区大司教)
山崎龍明(浄土真宗本願寺派僧侶)
プロジェクト連絡先:NPO法人ピースデポ
〒223-0062横浜市港北区日吉本町1-30-27-4日吉グリューネ1F
E-mail: [email protected] TEL: 045-563-5101 FAX: 045-563-9907
協賛:世界宗教者平和会議日本委員会(WCRP)