東京基督教大学(TCU)大学院教授の稲垣久和氏による講演「葬儀研究の一環としての共通恩恵論」が1日、同大国際宣教センター(千葉県印西市)で行われた。稲垣氏は「葬儀」を切り口に、日本人の宗教観とキリスト教の世界観、また、キリスト者にも非キリスト者にも向かう神の「共通恩恵」について論じ、教会で非キリスト者の葬儀を行うことが持つ日本宣教における可能性を語った。
講演は、同センターの実践神学研究会が主催。同研究会では、日本宣教を宗教的深層にまで展開するために、葬送儀礼への福音の文脈化が必要だと考え、昨年から葬儀に関する研究を進めている。月1回のペースで研究会を開いており、セミナーの形で一般にも公開する講演は今回で2回目。前回は6月に、日本同盟基督教団土浦めぐみ教会牧師の清野勝男子(かつひこ)氏が「日本における葬儀宣教の実践」と題して講演した。
稲垣氏は初め、清野氏が20年にわたり開拓してきた地域におけるキリスト教葬儀の理論と実践をまとめた著書『キリスト教葬制文化を求めて』に、今回の講演の発端があると説明した。同書で紹介されている未信者葬儀の説教例や、納骨堂と記念会、仏壇に代わる家庭祭壇などは、キリスト教葬儀の新しい試みとして称賛に値する、と稲垣氏は評価している。「日本の葬儀は、習俗に根差している」と考える稲垣氏が着目するのは、清野氏が同書で述べている「表面文化(通過儀礼)」と「深層文化(世界観)」。このうち、稲垣氏が扱うのは深層文化の方で、自身が専門とするキリスト教哲学の視点から、日本の非キリスト者への葬儀をどう捉えることができるのかが、稲垣氏の関心となっているという。
稲垣氏は、「日本文化である日本的通過儀礼の深層部分には、日本的世界観がある」と言い、オランダの神学者アブラハム・カイパー(1837~1920)の「4種類の世界観」(キリスト教世界観、異教的世界観、ローマ的世界観、イスラム的世界観)を紹介。さらに、その考え方を引き継いだカイパーの弟子のヘルマン・ドーイヴェールト(1894~1977)が、「宗教的根本動因」と呼ぶ、哲学と宗教の接点になる概念によって、各時代・各地域の思想について緻密に分析したことを説明した。
稲垣氏は、1993年に刊行した自著『知と信の構造』で、ドーイヴェールトの手法に沿って、日本思想を分析し、日本の近代思想の中に「伝統と近代」という二律背反が存在していることを指摘している。稲垣氏は、「日本的世界観が「伝統と近代」という二律背反に陥っているという想定の中で、日本的世界観が通過儀礼にどのような影響を与えるかを考えていくことは、同時に日本の宣教理論を考えていく上で参考になるのではないか」と語り、葬議論と宣教論の詳細な議論を展開した。
同大教授でこの研究会の座長である大和昌平氏は、これまで仏教一辺倒だった葬儀の形が変わりつつある中、福音主義のキリスト教の立場で、神学的にも根拠を持つ「葬儀論」をまとめ、ゆくゆくは書籍化したいと話した。また、そのためにも定期的な研究会や講演で議論を重ね、研究の成果を発信していきたいと今後の抱負を語った。