「私はイエスのために泣いていた」。そう語るのは、米兵にレイプされ傷つきながらも裁判で正義を勝ち取った、オーストラリア出身で日本在住のキャサリン・ジェーン・フィッシャーさん。その回想録である近著『涙のあとは乾く』の背景にあるキリスト教信仰について、同書の出版元である講談社の本社ビル(東京都文京区)で、キャサリンさんに話を伺った。
イエスは私よりも苦しんだ
聖公会の牧師であった父と、オーストラリア西部のパース大司教区でカトリック大司教を務めたバリー・ジェイムズ・ヒッキー名誉大司教をいとこに持つキャサリンさんは、後に弁護士になった父の仕事で1980年代に来日した。日本で結婚して子ども3人と暮らしていたが、2002年4月、米海軍基地がある神奈川県横須賀市で米兵にレイプされた。しかし、警察の事情聴取では加害者扱いされ、その屈辱でさらに傷つけられた。日本で犯人を裁判で訴えたが、その費用による生活苦で家を3度も失った。
「神奈川県警に行ったとき、『あのね、私はクリスチャンなのよ』って言ったのよ。『こんなふうに私を扱わないで』って。でも彼らは気にも留めなかった。だからいつも、私にできたことといえば祈り続けることだったの」と、キャサリンさんは日本語と英語を交えて話した。
「でも、最初私はずっと泣いて、泣いて、泣いてばかりだった。もうずっと泣いてたんです。『何で私は被害者なのに加害者扱いされるんだ』って」とキャサリンさん。「ダイニングですごく泣いていたときですが、私の涙はイエスのための涙に変わったの。そしてその時、私はイエスがどれだけ苦しんだか分かったの。そして私はもう自分のために泣くのをやめたの。私はイエスのために泣いていたのよ」
そのことは「絶対忘れない」と言うキャサリンさん。「イエスは私よりもっと苦しんだんだって思ったの。そしてもしイエスがそれをみんなのためにできたのなら、私も続けて頑張らなくちゃってと思って」。そして、涙をぬぐい、勇気を持ってゴスペル「Oh Happy Day」を歌ったという。
「私が苦しみを受けたとき、イエスは私と共にいてくださった」。その思いから神に対する不安は、神への感謝と神に対する確信へと変わっていった。たくさんの十字架を作ったり、十字架の絵をたくさん描いたりもしたという。ある教会では、同じくレイプされた経験がある女性とも出会った。
キャサリンさんが闘ったもう一つの理由
キャサリンさんの闘いは、米兵によるレイプ事件が多い沖縄の女性たちのためでもあった。インタビューに同席した講談社の国際ライツ事業部担当部長である山口和人氏は、「沖縄が米国の占領下に置かれて以来、米兵によるレイプというのは、実は僕らが知らないぐらいの件数が起きていて、それをまとめた表があるんです」と語り、沖縄であったレイプ事件一つ一つを書いた大きなシーツを、キャサリンさんと一緒に広げた。キャサリンさんによると、シーツは全部で4枚。「なぜシーツを使ったのかというと、こんなにレイプがいっぱいあるのに、日本政府の人間はよく寝られるなって思っているんです」とキャサリンさんは批判を込めて語った。問題の背景には不平等な日米地位協定の問題がある。「彼らはこれらの事件を全部知っているのに、何もしないなんて」
このレイプ事件の一覧は、警察に報告されているもの、報告されていないものも含めてまとめられており、「紙にすると、巻き紙で10メートルほど」(山口氏)にもなる。キャサリンさんは、この一覧のコピーをいつも持ち歩いているという。
1ドルの和解金
キャサリンさんをレイプした米兵は行方をくらまし、やがて米国へ逃げたことが発覚した。米国でも裁判で米兵を訴えることを考えたキャサリンさんは、「絶対勝たなきゃいけない。だから私はそれについて祈ったの。でもお金がなくなるでしょ。『私、どうしよう? どうしよう? 神様は私に何をしてほしいの?』って。それが一番大事なこと。私はただその機会を捉えて、ただ信じて、神様への信仰を持って、『神様、あなたはこれらの人たち(沖縄の女性たち)みんなのためにこれをしてほしいのですか?』って尋ねました。それは私がやらなければならないことだった。もし私が勝てれば、私はみんなのために勝てる」と思ったという。
判例法主義の米国での裁判は、「もし私が負ければ次の裁判の人も負ける」というもの。「私が最初の人だった。だから勝たなきゃいけない」と決断した。そして、キャサリンさんは言う。
「私はただ神様を信頼しなくちゃってね。そして事あるごとに、それはできました。だから、人はいつも『どうやって・・・どうしてあなたはこんなに強いの?』って言うの。それは私の強さじゃないってことは分かっているの。私を切り抜けさせるのは、神様の強さなの」
その後、キャサリンさんは犯人を見つけ出し、米ウィスコンシン州の裁判所で勝訴した。手にした和解金はわずか1ドル。裁判は、お金のためではなく、正義のためだったという。
神様の力で100%打ち勝つことできる
オーストラリアで昨年出版された回想録の原書である『I Am Catherine Jane: The True Story of One Woman’s Quest for Justice』の終わりには、キャサリンさんが聖書を無作為に開いたとき、詩編26編が目に飛び込んできたことがつづられている。これは日本語版には書かれていないが、このダビデの詩を読み、自らが苦しんだ年月が無駄ではなかったことに気付かされたという。キャサリンさんはこの詩編26編について、こう話した。
「『悪事を謀(はか)る者の集い』って書いてあるでしょ。でも私は神を賛美し続ける。そして、『神様は山を動かすことができるんだよね?』って人は尋ねるけど、あなたの人生にある山って何ですか? 私の場合は、それは政府やその隠し事だったの。それはほんとに怖い。公安もついてきます。特に沖縄で。私がそこにいれば、警察が私の写真を撮る。すごい勇気が必要ですよ。でも怖いものは何もない。神様の力で、私たちは打ち勝つことができるって、私は100パーセント確信しているのよ」
2002年の憲法記念日(5月3日)には、24時間体制で性犯罪防止と被害者への支援をしようと「ウォリアーズ・ジャパン」という団体を設立した。現在も講演活動などで沖縄をはじめ、国内外を忙しく飛び回る日々だが、「教会でもっと話をしてみたい。教育こそ私たちの力です」と言う。
レイプの被害者には「同情よりも共感を」と訴えるキャサリンさん。神への信仰に根ざして正義を勝ち取った自らの体験を踏まえて、本紙の読者に向けて一言、「夢は現実になるのです」と語ってくれた。
なお、ウォリアーズ・ジャパンでは支援者を募集している。問い合わせは、メール(warriors.japan*gmail.com *を@に変える)で。