「私たちが普段食べているダイコンは、植物のどの部分かご存知ですか。表面が滑らかな上の部分は『胚軸』といって茎にあたり、下のひげ根が生えている部分は主根といいます。茎のところは、葉っぱでできた栄養を根に送るので甘く、地中にある根の部分は辛み成分があって、虫にかじられないようにできています」(※1)
中学1年になる子どもの国語の教科書に書かれていたこの文章を読んで、私は長年の疑問が解けて大興奮でした。八百屋さんに行く度に、半分に切られたダイコンの上側を買おうか下側を買おうか迷い、何がどう違うのか釈然としないまま「ダイコンおろしなら下」というお勧めに従っていました。ところが、この国語の教科書には、虫がかじるなどして細胞が壊れると辛み成分が放出される、だからダイコンを縦に切って細胞を多く壊すと辛みが増し、優しく丸くおろすと辛みが減ることまで書かれています。ものすごく賢くなった気がして、早速ダイコンを買って食べたくなりました。一方、子どもの方は、何がそんなにうれしいのかとけげんな表情。ダイコンに関する説明は、「あぁそうなんだ」と思う程度なのだそうです。
この違いは、大人(成人)と子どもの学習の差にあります。私は仕事柄、研修医を教育する立場にある指導医の先生方に、教え方のコツをお話しすることがあります。その時に必ず出てくるのが、「成人学習理論(Andragogy)」です。Knowlesによると、成人の学習には次のような特徴があります(※2)。
- 成人は、自立した学習者である。
- 失敗も含めた過去の経験が学習のための資源になる。
- 学びへの準備状況は、人生のステージによって変わってくる。
- 成人の学びは、課題や問題に基づいてなされる。
従って、指導医が若手の医師に教えるときには、内容やタイミングがニーズに合っているか事前に確認して、その意思を尊重します。若手医師の多くは、それまでの研修の中でいろいろな経験をしてきており、自分なりの考え方や知識を持っていますので、それをふまえて指導します。初めての診療科に配属されたとき、それまでとは異なる立場で責任を持たされたときには、新しいことを学ぶ気持ちになっているでしょう。さらに、診療で困ったことや悩んだことについては、同じような患者さんに遭遇する前にどうすべきか知っておきたいと思うはずです。知識の蓄積にとどまる講義は人気がなく、具体的な考え方や実践的な対応法など、患者診療で役立つ指導に研修医の目は輝きます。
これは、私たちが聖書の御言葉を学ぶのと似ているような気がします。私たちは、強制されたからではなく、自分で読みたいと思って聖書を開きます。それまでの自分の思いや経験を省みながら、御言葉に聴きます。人生の中で、就職や結婚、別れなど大きな変化があるときに、聖書を開きたくなります。悩みがあったり落ち込んだりしていると、それまで何度も目にして通り過ぎていた御言葉が、急に心に迫ってくることがあります。神様は私たちにこのことを伝えたかったのだと理解が進んだり、新たな指針を得て、前に進む元気を取り戻したり。失敗も含めた様々な経験は、私たちがより深く聖書を理解し、神様に近づくのにとても大切なのだと気付かされます。そして、聖書が私たちを引き付けるのは、御言葉によって力づけられ、知恵を得て、直面している問題の解決に導かれるからだと思うのです。
研修医が一人前の医師になるには、その成長の程度によって課題を与え、見守り、教育する指導医の存在が不可欠です。どんなに詳しい教科書があっても、それらを読むだけではよい医師にはなれません。そう考えると、私たちのところに聖霊が送られたのは、神様の大きなご配慮によるのだと思えてなりません。私たちの状態によって、御言葉が理解できるように助けてくださり、日々の行いの中で気付きを与えてくださる聖霊。私たちの神様は、聖書を与えて遠くから見ているだけ、あるいは崇められるだけの存在ではなく、常に共におられ、髪の毛の本数までご存じなくらい私たちのことをつぶさに見守り、導いてくださっています。これほど心強いことがあるでしょうか。経験の乏しい子どもであっても、神様の存在を実感し、十字架の意味を理解して信仰を持つことが可能なのも、神様の側からの働き掛けがあるからでしょう。こうして考えると、父・子・聖霊なる神様が存在するからこそ、私たちは救いに導かれ、信仰が成長し、真実に近づけるのではないかと思うのです。
ダイコンの構造と機能を理解したときの楽しさは、様々な試練に出会った理由が腑に落ち、自分の成長を実感し、神様の愛の配慮だったと理解するときの感動を味見するようなものかもしれません。
※1 稲垣栄洋「ダイコンは大きな根?」国語1,p 40-43 光村図書出版株式会社 平成27年2月5日発行
※2 Knowles, MS. The modern practice of adult education: from pedagogy to andragogy. 2nd Ed. New York, NY: Cambridge, The Adult Education Company, 1980: Chapter 4.
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