聖学院大学人間福祉学科主催の公開講演会「広がる高齢者の貧困と老後破産」が3日、同大チャペル(埼玉県上尾市)で行われた。ソーシャルワーカーで、同大客員准教授でもある藤田孝典氏が、日本のこれまでの社会保障の在り方や、高齢者の貧困問題の具体的な対策、老後を豊かに暮らしていくためのノウハウなどを話した。
藤田氏は高齢者の貧困問題を、「下流老人」という言葉を使って説明する。これは藤田氏の造語で、「生活保護基準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者」を指す。この日の講演会でも、下流老人を生み出す日本社会の構造や、下流老人になぜ陥るのか、どうしたら防げるのか、藤田氏がこれまで関わってきた事例を通して語った。
藤田氏が代表理事を務めるNPO法人ほっとプラスに寄せられる生活困窮者からの相談は年間約300件。そのうち半数は高齢者からだという。病気にかかっても医療費を支払えないため、病院へ行かず市販薬を飲んで痛みをごまかしながら暮らす老人、夏の暑い中、電気代を気にしてエアコンをつけず、室内で熱中症を起こしてしまう老人。また、持ち家に住みながらも、住宅を補修するお金がないため、ぼろぼろの家に住まざるを得ない老人もいる。さらに、3食心配なく食べられるという理由で刑務所に入りたいと訴える老人もいるという。
藤田氏はこうした例を紹介し、「これまで高齢者の社会保障といえば、介護福祉などが中心で、貧困については社会の領域では考えてこられなかった」と指摘。「高齢になった親は子どもが面倒を見るという社会構造がほとんど崩壊している現在、高齢者の貧困は社会で解決する問題になってきている」と語った。また、「ワーキングプア」を生み出す、非正規雇用の増加といった若者の問題も、高齢者の貧困問題に直結していると話した。
藤田氏は学生時代、どんなに努力してもホームレスになってしまう人々の存在を知り、「ホームレスは社会が生み出している」と考え、以来貧困問題に取り組んできた。自殺や犯罪の背景には必ずといってよいほど、貧困の問題があるという。たとえば、住所不定無職の人が食料品を盗むという事件があったとする。「住所不定無職」の人とは、多くの場合、生活困窮者に他ならず、貧困がもたらす問題だと藤田氏は話す。「どうして貧困になるのか、貧困からどう抜け出せるのか」については、本人を責めてもダメで、社会制度を根本的に見直していく必要があると強調した。
下流老人の特徴は、「収入がない、貯蓄がない、周囲に人がいない」の「ない」が3つあること。収入については、年金の支給額が生活保護基準に満たないことが原因だ。貯蓄については、長寿社会の中で高齢期の備えが足りなくなってしまうことがあり、またお金の工面など相談できる人が周りにいないことが多い。さらに、独り暮らしの高齢者がいまだかつてないほど増加している現状がある。
こうした下流老人の実態を明らかにした後、藤田氏はそこから抜け出すためのノウハウについて話した。生活保護制度を利用し、社会福祉制度をよく知り、よりよく活用すること、家族や友人がいなくても、公的機関に相談してみることを勧めた上で、「世間の世話になるなんて」といった思いにとらわれないようにと語った。「完全に自立している人など初めからいない」と藤田氏は言い、「関係性の貧困」に陥らないようにすべきだと話した。
さらに、「受援力」を身に付けることを勧めた。「高齢者を助けたいと思っている人は地域社会に大勢いる」と話し、そのためにも「話しやすさや関わりやすさを持つ高齢者を目指し、『助けたくない高齢者』ではなく『助けたい高齢者』になってほしい」と、ユーモアを込めて話を締めくくった。
社会福祉へのクリスチャンの関わりについて藤田氏は、「ミクロレベルでは、地域などで困っている人々に積極的に手を差し伸べることができるはず」と言う。さらに、「宗教の団体として、貧困問題にもっと注目して、下流老人などを生み出さないようにし、より住みやすい社会に変えていってほしい」と希望を述べた。
茨城県でソーシャルワーカーとして働いているという男性は、「今日の話を聞いてこれまで仕事の中で不安に思っていたことが少し解消された。もっといろいろ学んでいきたい」と話した。聖学院大学では、毎週水曜日の2時限目を「アセンブリアワー」と定め、さまざまなプログラムを行っている。今回の講演会は、この時間を地域にも提供しようと企画された。今後も地域の情報発信の場となれるよう、学外に向けたさまざまな催しを企画していくという。