須貝まい子さんによる一人芝居「本当によかったわね」の公演が、22日から24日までギャラリー・ルデコ(東京都渋谷区)で行われている。作家・三浦綾子の自伝的作品『この土の器をも』が原作のこの演劇は、綾子さんの小説『氷点』が朝日新聞社の1000万円懸賞小説に入賞するまでの三浦綾子・光世夫妻の愛と信仰の日々を描く。綾子さんの人生を描いた初めての演劇で、昨年10月、三浦綾子記念文学館(北海道旭川市)の三浦綾子祭で公演され、「三浦綾子が生き返ってきたよう」と大好評だった。図らずも、今回の公演の最終日は、三浦夫妻の結婚記念日に当たるという。
会場は、コンクリートむき出し、鉄パイプが組まれた無機質なギャラリーで、舞台には背景の白いパネルと、いくつかの小道具があるのみ。だが、スポットライトが舞台に立った白いかっぽう着姿の須貝さんに当たった瞬間、そこは、三浦夫妻が新婚生活を始めた一間だけの小さな家に様変わりする。「みこさん、みこさん」と夫である光世さんの話をする綾子さん、白いパネルに映し出される幻想的な映像、純粋で温かさの感じられる音楽が非常に印象的な演劇だ。
13年間の長い療養生活を経て、5年間待ち続けた光世さんと結婚した綾子さん。その大きな喜びを無邪気な少女のように演じつつ、小学校教員として軍国教育に献身したという過去から引きずる心の痛みが、演じる須貝さんの表情から、観客にリアルに伝わってくる。舞台に現れる綾子さんは、喜び、笑い、嘆き、怒り、生き生きとした表情を見せる。雑貨店を経営する綾子さんの日常生活の中からの「語り」を通して、人を赦(ゆる)すこと、信じること、愛することの重要性が、観客に語り掛けられる。
初日の公演を終えた須貝さんに話を伺った。
— 入院中のため、昨年10月の三浦綾子祭に参加できなかった光世さんにと、病院の一角で公演をしたそうですが、ご覧になられた光世さんの反応はいかがでしたか。
私たちのチームは、クリスチャンの日本人と韓国人で構成されているので、この演劇を神様にささげるという土台があった一方で、「光世さんにささげたい」という共通の思いがありました。光世さんに初めてお会いした昨年5月に比べると、入院されたことで表情に元気が見られない印象を受けたのですが、公演後は、すごくにこやかになられました。
— その時の様子が、劇中でも最後に映し出されていましたが、何かお話しもされていたようですね。
日韓合同チームなので、言葉の壁や表現の違いを乗り越えて作り上げたことをお話したら、光世さんは『銃口』の話をしてくださいました。綾子さんの小説『銃口』の芝居を、ある劇団がしたときに、光世さんも一緒に韓国に行き、韓国の若い人たちの前で謝罪をしたという話でした。一部の人たちが戦い合った歴史がある両国ですが、時代を越えた今、赦し合い、認め合い、協力し合って共に演劇を作り上げることが、三浦夫妻を通して現される神様の大きな愛の計画を完成させる一部であるかのように感じられて、とてもうれしかったです。
— 綾子さんを演じるに当たって、役作りはどのようになされたのですか。
綾子さんの著作を読みあさり、北海道の三浦綾子記念文学館がある見本林だけでなく、三浦夫妻の新婚旅行先である層雲峡にも数度足を運びました。綾子さんが映ったテレビ映像、DVD化された映像を何度も繰り返し見て、幾つかの特徴を発見しました。また、闘病生活中の綾子さんの気持ちを知ろうと、ずっとベッドの中にいて、食事を運んでもらい、おむつをした生活もしてみました。『氷点』を全文写し、自分なりの『氷点』を自作してみて、小説を書くということがどういうことか、体と心でつかむことができるように努力してみましたが、長くは続かなくて、「小説家はすごい」の一言に尽きましたね。
—「本当によかったわね」という題には、どんなメッセージが込められているのですか。
綾子さんと光世さんは、二人三脚で数多くの著作を世に出されましたが、新しい本が出版されるたびに、綾子さんは愛と感謝の言葉を自筆で書いて、光世さんに贈られていました。「本当によかったわね」は、綾子さんが、光世さんに最後に贈った言葉です。綾子さんは、結婚の時に、旭川六条教会の牧師から「真の夫婦になるためには、一生の努力が必要である」という言葉を教えられました。多くの苦しみの中にあっても、支え合い、愛し合っていく夫婦の愛を見ていただき、その生涯の最後に「よかった」と言える夫婦であった、二人のそれまでの歩みを知っていただきたいです。
— 須貝さんにとって、綾子さんはどのような人ですか。
聖人のようなイメージを持っていました。数々の病を乗り越えた作家大先生という印象が強かったのですが、今は「すぐ隣にいる近所のおばさん」という感じがしています。綾子さんは、自分の罪の醜さを知って、誰よりも葛藤していた人だと思います。愛をもって、人間の罪に対して厳しく切り込み、言わなくてもいいと思うようなことまでも語る、少女のような純粋さを持っていた人でもあるのですが、「おせっかいなおばちゃん」気質があった人でもあると思います。
— この公演を通して、須貝さんが伝えたいことは何ですか。
お芝居の中では、聖書の言葉を直接的に語ったり、教会に行けとは言わないですが、この夫婦の愛を通して、背後にある大きな神様の愛と守り、平安を感じ取ってほしい。綾子さんに興味を持ち、著作を読んでいただければ、そこではダイレクトに神様が語られていますから、愛は自分発生ではなく、神様の愛が備わっていなければ愛し合うことができない、ということを知ってもらえると思います。私の悪い癖は、自分で種をまいたら、それを刈り取りたいと思ってしまうところです。でも、それぞれに役割があるので、私がお芝居をすることで、知らないところでそれを刈り取ってくれる人がいれば、と願っています。
◆ 日時
5月22日(金)午後3時開演 午後7時開演
5月23日(土)午後3時開演 午後7時開演
5月24日(日)午前11時開演 午後3時開演
※ 開場は開演の30分前
◆ 会場
ギャラリー・ルデコ4階
東京都渋谷区渋谷3−16−3 ルデコビル4F
JR渋谷駅東口徒歩8分、埼京線新南口徒歩3分
◆ 料金
全席自由席 3000円(当日3500円)
※ 未就学児入場不可
チケット購入(電話:070・6455・9773)
ネット予約:www.sugaimaiko.com
◆ スタッフ・キャスト
出演:須貝まい子
作・演出:イ・ジミ
音楽:ドゥボンチェタル
映像:キム・セジュン
歌:山下歩