賀川的ディレッタンティズムの復権が世界平和に
第2部のパネルディスカッションでは、松沢資料館館長で東大名誉教授の金井新二氏が、「賀川豊彦の復権:民主的で平和な世界のために」と題して発題した。
金井氏は、賀川的ディレッタンティズム(dilettantism、素人談義)の復権について、「賀川の社会経済論も宇宙論もディレッタンティズムの典型であるが、専門家や制度化された集団では見えなくなっているものを思い出させてくれた」とし、専門的知識はないかわりに、ただの人間として見るべきものを見ていると述べた。
「彼は神の立場から、またイエスの教えた『善きサマリア人』の実践者として、この社会や世界をどう変革すべきか、またこの宇宙は何のためのものかといつも考えていた」と金井氏は論じ、「いわゆるディレッタンティズムといわれてきた議論をもう一度見直すべきではないか」と問題提起した。
さらに、金井氏は賀川の生命宗教論の復権について、「自分の神とは、この身体の中に宿っている生命のことだと賀川は言う。これは創造の信仰である。しかもそれをイエスからのものと明言している」として、その信仰の復権はイエスの復権であり、パウロ的救済論に対するイエス的創造論の復権であると述べた。
「キリスト教はあらためて内なるバランスを回復し、イエスの教えた天の父への子どものような信頼を取り戻すほかないのである」と金井氏は続け、「そうすれば、あらゆる戦争と殺戮(さつりく)に心から反対して立ち上がる、力強く平和を推進するキリスト教になることができるのではないだろうか」と提起した。
さらに金井氏は、賀川の生命宗教論は創造の神学といえるとし、このようなものを、戦争と殺戮が止まらない中で、現在の世界は待望していると述べた。その上で金井氏は、「パウロ的救済論とそれによる世界宣教は決して世界を平和にしない。創造論が欠けているのであれば、世界を平和にすることができない。そういうふうに賀川さんは考えていたのではないか」と付け加えた。
賀川が生きていれば、何に顔をしかめ、何に微笑んだか
次に、「労働組合、協同組合、NPOの連携」と題して発題した、早稲田大学社会科学総合学術院教授の篠田徹氏は、自身がクリスチャンになり労働組合に興味を持つようになった経緯を語りつつ、「今、賀川豊彦が生きていたら、何に顔をしかめ、何に微笑んだろうかということを考える時がある」と問題を提起した。
篠田氏は、今の政権による農協改革は結社の自由に対する介入であると指摘。しかし、それ以上に賀川がいたら非常に顔をしかめただろうと思ったのは、誰も他の結社が大きな声を上げなかったことだと語った。
「結社というものを大事にするのがアソシエーショナリズム」と篠田氏。「私は、賀川は基本的にはアソシエーショナリストで、『自分たちでこれは大切だと思うものを、自分たちで考えて、自分たちで一番いい方法を見つけて、いろんなところでやりなさい。私はそのための種をまきましょう』ということだったと思う」と述べた。
篠田氏は、農協や労働組合、生協、宗教団体など、賀川は日本の社会運動のありとあらゆるものに手を付けており、直接手を付けなくとも、触発されたり、非常に影響を受けたりして作られたものが多くあると説明した。
その上で篠田氏は、「協同組合や労働組合はいろんな団体がある。しかし、賀川の元に戻れば一緒である。『本籍』は一緒であり、『現住所』は労働組合、協同組合、あるいはNPO。だけど、賀川からすればきっと同じ。そのことを気づいていただければ、たぶん今、賀川は微笑むのではないかなと思う」と結んだ。
現代に挑戦投げかける豊彦とハルのパートナーシップ
東京基督教大学専任講師の岩田三枝子氏は、「豊彦とハルのパートナーシップ」と題して発題。「市民社会の中における2人のパートナーシップ」「家庭における2人のパートナーシップ」という、2点に着目した。それらを通して、賀川豊彦とその妻ハルの公私における生涯にわたってのパートナーシップのあり方が、今日の男女のパートナーシップに与えている挑戦について論じた。
ハルの日記や随筆、小説、講演記録など、現在入手できるハル関係の史料の全てが、『賀川ハル史料集』全3巻(緑陰書房、2009年)に収められており、ハルの活動や思想を身近に知ることができる。
岩田氏は、「『賀川ハル史料集』を読むまでは、私はハルに対して賀川豊彦を陰で支えた内助の功的なイメージしか持っていなかったが、史料集に記されたハルは、一人のキリスト者として、人々の必要に仕えていこうとする力強い信仰の持ち主であると同時に、夫や子どもたち、そして日々の生活を愛して楽しむ女性らしい感性に満ちた人であるという印象を受けた」と語った。
岩田氏は、「なぜ市民社会における活動に取り組むのかという視点において、豊彦とハルがしっかりとビジョンを共有していた」という点と、「ハルは豊彦の妻として、そして子どもたちにとっての母として、日本の大正・昭和という時代・文化の中で、その時代に期待された女性としての役割をハル自身が受け入れると同時に、しかしそこにはしばられない豊彦・ハル自身の文化に対する革新性」という2つの側面に着目。そして、2人のパートナーシップを「協働のスピリチュアリティ」と呼んだ。
一方、岩田氏は、「現代の日本社会において、男性と女性が共に社会活動に参加していくことを目指す『男女共同参画』や、男女共に公私の生活の良きバランスを目指す『ワーク・ライフ・バランス』への取り組みがなされている一方で、多くの面で実現には困難が立ちはだかる」と述べた。
その上で岩田氏は、「豊彦とハルの生きた時代は、『男女共同参画』や『ワーク・ライフ・バランス』の言葉はなかったが、2人の公私におけるパートナーシップのあり方は、今日の私たちの男女のパートナーシップのあり方に、一つのチャレンジを与えてくれるだろう」と結論づけた。
なお、このシンポジウムの模様は、映像記録としてDVDなどにまとめて公開される予定。詳細は5月中旬以降、研究プロジェクトの専用サイトに掲載される。
第2回目のシンポジウムは、福島原発とコミュニティーの再生をテーマに2016年春に予定されており、第3回目はコミュニティー形成における宗教の公共的役割をテーマに同年冬に予定されている。
■ シンポジウム「21世紀に甦る賀川豊彦・ハル」:(1)(2)