「主の平和」――口々にそう言い、隣り合わせた見知らぬ人たちと挨拶を交わす。日の暮れゆくなか、手にした蝋燭(ろうそく)から蝋燭へと灯し火が移されていく。厳かな雰囲気と祈りの言葉。教会のようで教会ではなく、しかし教会さながらの儀式が静かに行われていた。
26日、東京・世田谷にある古民家アートギャラリーで開かれた、教会カフェ・イベント「イースターの夕べ」での光景だ。主催したのは「教会かふぇ『カフェ・オラトリオ』準備会」。聖公会信徒のトリニタスさんと、牧師を目指す植田真理子さんが連携し、間もなく取り壊される一軒家で一夜限りの試みが実現した。
お茶とワイン、軽食付きで、参加費は一人1500円。「イースターのお祭りを楽しく体験してみませんか?」という、ツイッターやフェイスブックでの呼びかけに、二十数人の男女が集まった。一人で来るシングル客が多い。若い女性の姿が目立つが、50代らしき男性たちもいる。用意された椅子と座布団がほぼ埋まった。
1週間遅れのイースター・イベントとしてプログラムが組まれていた。テゼやグレゴリオの聖歌を全員で斉唱し、聖書の詩篇が朗読された。キリストの受難と復活の短劇が続き、最後はイースターのお菓子とワインを供した和やかな歓談タイムに。部屋の一角ではリコーダーと古琴の即興演奏も始まった。
来会者に話を聞いてみると、キリスト教になんとなく興味があって来たという人、スピリチュアル系らしき人、聖歌や中世ヨーロッパ音楽が好きな人、その古楽器の演奏者など、さまざまな立場の人がいる。「クリスチャンの人は?」という記者からの問いには、7人が手を挙げた。
司会を務めたトリニタスさんは、「全体を劇として観てもらえれば幸いです」と話す。教会が正式に支援しているわけではない、いわば未公認の「教会カフェ」だが、イベント開催については所属教会に知らせて祝福してもらっているという。
トリニタス(三位一体のラテン語)は洗礼名だ。「聖歌や復活劇で、癒しのひとときを提供したい。教会に敷居の高さを覚えて近づけずにいるけれどキリスト教の聖歌や音楽には惹かれるという人たちに、典礼の雰囲気も体験して味わってほしいのです」
もう一人の植田真理子さんは、自らが店主と牧師を兼ねたリアルな「教会カフェ」設立を準備中。年内にも開業したい考えだ。「既存の教会への懐疑的な思いから、自前の教会を作りたいという願いを持つようになりました」と語る。
植田さんはかつて国語教師をしていた元男性で、今は戸籍上も女性となったトランスジェンダー。保守的な教会から辛辣な対応を受けてきた経験を持つ。「キリスト教は愛の宗教と言いながら毒の部分があるのだとしたら、それを乗り越えるキリスト教の将来に責任を持つ一員になりたいと思ったのです」
教会カフェは日没から開催され、21時を過ぎても音楽セッションと歓談が続いた。「楽しかった」「またやってください」そう言いながら帰途につく人たちを見送る主催者に、安堵と喜びが広がる。「本物の教会を知る人たちからの批判や違和感」は杞憂に終わったようだ。
神奈川県から来たプロテスタント教会所属の男性は「まったくの教会未経験者には、ここで体験する意味があったのではないか」と話す。海外の留学先では教会をよく訪ねていたが「今よく行くのは神社です」と微笑む20代の女性も、「点でしか知らなかった聖書の受難と復活の話が、一つの線につながって理解できた」と感想を語った。
キリストの名のもとに、音楽、みことば、聖書劇、祈り、それらの力がすべて一つになって、人々の心に何かを残した。それはもう「教会」と呼んでもいいのかもしれない。同様の教会カフェ・イベントは、今後も不定期で開催される予定。
■ 教会かふぇ「カフェ・オラトリオ」
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