一家4人が犠牲になった1966年の強盗殺人放火事件で死刑が確定するも、半世紀余り無実を訴え続け、再審で無罪を勝ち取ったカトリック信徒の袴田巌(はかまだ・いわお)さん(88)の半生を追った映画「拳(けん)と祈り」が、19日から公開される。
監督は、事件を22年にわたって追ってきたジャーナリストの笠井千晶さん。事件との出会いは、地元テレビ局の記者として取材したことだった。その後、留学や転職、独立とキャリアを重ねていくが、袴田さんの姉・秀子さんとは親交を深め、プライベートでも撮影しながら交流を続けてきた。
袴田さんが2014年、逮捕から47年7カ月ぶりに釈放された際には、袴田さんを乗せて東京拘置所を出るワゴン車に同乗し、カメラを回した。「袴田さんが釈放された日のことは決して忘れません。この人の存在を後世に語り伝えなければと、強く意識した瞬間でした」と振り返る。
逮捕時、袴田さんは30歳の青年だったが、釈放時は78歳になっていた。その後も再審を巡り、闘いは10年続き、無罪を勝ち取るまで、実に58年の歳月を要した。笠井さんは、「本作は冤罪(えんざい)や死刑囚という言葉で括られてきた袴田さんを、一人の人として伝えます。明けない夜はない。袴田さんの言葉にぜひ耳を傾けてみてください」と話す。
元テレビディレクターである関西大学社会学部の齊藤潤一教授は、「袴田さんの釈放後の歩みを丁寧に描き出している。能面のようだった表情が、徐々に優しさを取り戻していく過程が印象的だ。22年にわたる笠井千晶監督の執念が、映像の隅々にまで息づいている」と評価する。
また、昨年出版した『証し 日本のキリスト者』でキリスト教書店大賞を受賞しているノンフィクション作家の最相(さいしょう)葉月さんは、「神に倣う人は、その生き方によって周りを変えていく。(袴田さんに死刑判決を言い渡したが、後年無実を訴える)熊本(典道)裁判官も、弁護士も、ボクシング界の支援者も、ジャーナリストも、そして笠井監督も、袴田さんが目指す『新しい世界の改革』の伴走者である」と述べている。
「拳と祈り」は19日から、東京・渋谷のユーロスペース、横浜のシネマリン、また、MOVIX清水など静岡県内の複数の映画館ほかで全国順次公開される。公開初日の19日にはユーロスペースで笠井さんと秀子さんが、翌20日にはMOVIX清水で笠井さんが舞台あいさつする予定。
■ 映画「拳と祈り」予告編