一家4人が犠牲になった1966年の強盗殺人放火事件で死刑が確定していたカトリック信徒の袴田巌(はかまだ・いわお)さん(88)の再審で、静岡地裁が無罪とした判決について、畝本直美検事総長は8日、「控訴しない」とする談話を発表した。これにより、事件から58年を経て袴田さんの無罪が確定することになる。国内の複数のメディアが一斉に伝えた。
再審では、犯行時に袴田さんが着用していたとされる「5点の衣類」に付いていた血痕の色が最大の争点となった。衣類は事件発生から1年2カ月後に、現場近くのみそ工場のみそタンクで発見されたが、当時の実況見分調書などには、血痕の色が「濃赤色」などと記されていた。
静岡地裁は判決で、「1年以上みそ漬けされた場合に血痕に赤みが残るとは認められない。事件から相当期間経過した後、発見に近い時期に、犯行とは無関係に捜査機関によって血痕を付けるなど加工され、タンクの中に隠されたものだ」と判断。「5点の衣類」は、捜査機関による捏造(ねつぞう)だと認定した。
この点について畝本氏は談話で、判決が「1年以上みそ漬けした場合には、その血痕は赤みを失って黒褐色化するものと認められる」と判断したことに、「大きな疑念を抱かざるを得ません」と主張。捜査機関の捏造については、何ら具体的な証拠や根拠が示されていないとし、さらに「理由中で判示された事実には、客観的に明らかな時系列や証拠関係とは明白に矛盾する内容も含まれている上、推論の過程には、論理則・経験則に反する部分が多々」あると指摘。捜査機関の捏造とする認定には、「強い不満を抱かざるを得ません」とした。
その上で、静岡地裁の判決は「理由中に多くの問題を含む到底承服できないもの」だとし、「控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容である」とした。
しかしその一方で、袴田さんが長期間にわたり、法的地位が不安定な状況に置かれてきたことに言及。熟慮した結果、控訴することで、その状況が継続することは相当ではないと判断したという。
また、袴田さんがこのような状況に置かれたことについては、「刑事司法の一翼を担う検察としても申し訳なく思っております」と謝罪。今後は、再審手続きがこのように長期間に及んだことなどを検証するとした。
1936年に静岡県雄踏町(現浜松市)に生まれた袴田さんは59年に上京し、プロボクサーとして活躍。その後、同県清水市(現静岡市清水区)のみそ製造会社に勤務した。
66年6月30日未明、同社専務の男性宅から出火し、焼け跡から男性を含む家族4人が刃物でめった刺しにされた遺体で発見された。袴田さんは同年8月に容疑者として逮捕され、連日長時間の取り調べを受けて「自白」。公判では無罪を主張したが、静岡地裁は68年に死刑を言い渡し、80年に最高裁で確定した。
84年のクリスマスイブに、獄中で教誨師の故・志村辰弥神父から洗礼を受け、カトリック信徒となる。獄中では聖書を読んでは祈っていたという。92年には、獄中で書きつづった潔白の訴えと再審を願う祈り、家族への思いなどが支援団体によってまとめられ、『主よ、いつまでですか』として出版された。
81年から第1次再審請求を行うが、2008年に最高裁が特別抗告を棄却して終了。同年、第2次再審請求を始め、静岡地裁は14年、再審開始や死刑の執行停止を認め、袴田さんは逮捕から48年ぶりに釈放された。
しかし、検察が即時抗告し、東京高裁は18年、再審開始を取り消した。これに対し、弁護側が特別抗告。最高裁は20年、「5点の衣類」に付いた血痕の変色についてのみに争点を絞り、東京高裁への審理差し戻しを決定。東京高裁が昨年3月、再審開始を認め、静岡地裁が今年9月26日、再審で無罪を言い渡していた。