元イスラエル空軍兵で、現在は日本に住む平和活動家のダニー・ネフセタイさんが1月26日、オンラインで開かれた「阪神宗教者の会」の例会で、「報復はなぜだめか」と題して話した。
徴兵制があるイスラエルで1957年に生まれたネフセタイさんは、高校卒業後にイスラエル空軍に入隊し、3年間在籍。パイロットを志望し、戦闘機には訓練で80回以上乗った経験があるという。イスラエルの男の子にとって、戦闘機のパイロットはまさに「将来の夢」。家族にとってもそれは「名誉中の名誉」なのだという。「日本で言えば、東大、京大を卒業することの何十倍もの名誉なのです」。当時のネフセタイさんも、そんなイスラエル人にとっては普通の価値観を持っていた。
退役後、アジア各国を旅する中で来日。それ以来40年近く木製家具職人として生計を立てながら、日本で暮らしている。その中で母国に対する考えも変わるようになり、今では戦闘機のパイロットは全く「格好良い」ものではないと思っているという。「戦闘機の目的は2つです。人を殺すこと、物を破壊すること。それを考えると、全く格好良いものではありません」
イスラエルと、パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム組織「ハマス」の間では、既に4カ月も戦闘が続いている。発端は、昨年10月7日にハマスが仕掛けた大規模な奇襲攻撃だった。この攻撃で、ハマスは多くの一般市民や外国人を含む約1200人を殺害し、250人以上を人質として拉致した。
ハマスによる攻撃は「本当に残虐」だとネタニヤフさん。しかし同時に、イスラエルはそれに対し「10倍、20倍もの攻撃」を加えていると指摘。ガザ地区では、1月21日までに2万5千人以上が死亡し、このうち1万人以上が子どもとされ、「泥沼、いや『血沼』の戦いになっています」と話す。
ハマスの戦闘員に襲われ、360人余りの犠牲者が出たとされるイスラエル南部レイムで行われていた音楽祭には、ネタニヤフさんのおいも参加していた。襲撃の朝、マシンガンの銃声で目覚めたおいは、車に乗って逃げようとしたが、戦闘員たちが車を標的に銃撃してくるため、車を乗り捨てオレンジ畑に半日隠れ、やっとのことで命を取り留めた。しかし、おいの友人2人は殺害されたという。
ネフセタイさんによると、イスラエル人はこのハマスによる攻撃で4つのショックを受けた。1つ目は、多数の一般市民が殺害されたこと。イスラエルはこれまでも多くの戦争を経験してきたが、多くの場合、イスラエル側で犠牲になったのは兵士で、これだけ多くの一般市民が殺害されたのは、ナチス・ドイツによるホロコースト以来だという。
2つ目は、ハマスによる虐殺行為。ハマスの戦闘員はこの襲撃で、子どもを斬首したり、性的暴行を加えた上で女性を殺害したりと、多くの虐殺行為をしたとされる。3つ目は、ハマスが想像以上に強かったこと。ネフセタイさんによると、レバノンに拠点を置くイスラム教シーア派組織「ヒズボラ」に比べ、ハマスはそれほど大きな脅威とは見なされていなかったという。
最後は、軍が国民を守れなかったことだ。イスラエルは男性だけでなく、女性も徴兵の対象となっている。そのため、成人であればほとんどが軍に服役した経験があり、どのような覚悟で軍が国民を守ろうとしているのかは、皆が身をもって知っている。それだけに軍が国民を守れなかったことは、イスラエル人にとっては非常に大きなショックだったという。
ネフセタイさんは、「今回のハマスの行為は、許してはいけない残酷なテロ行為です」と言う。しかしそれと同時に、「テロ行為は武力では止められません」と力を込める。そして、「テロリストという職業はありません。彼らは目的を達成するためにテロを行っているのです」と話した。
その一例として、1946年にエルサレムで起きたホテル爆破テロ事件を取り上げた。当時はイスラエル建国前で、パレスチナは英国の委任統治領だった。狙われたホテルは英国軍司令部として使用されており、爆発で91人が死亡。爆弾を仕掛けたのは、イスラエル建国を目指す過激派シオニスト組織だった。
組織の主要メンバーは指名手配され、指導者であったメナヘム・ベギン氏もその一人だった。48年にイスラエルが建国されると、それに伴いベギン氏は指名手配から解かれ、さらにその後、イスラエルの首相となる。そして在任中の78年、米国のジーミー・カーター大統領(当時)の仲介により、エジプトのアンワル・サダト大統領(同)と歴史的な和平合意を結ぶ。それが評価され、同年にはサダト氏と共にノーベル平和賞まで受賞した。
こうした事例を踏まえ、「ハマスのリーダーをテロリストと呼んでいるが、そう呼ぶと、話し合いができない」とネフセタイさん。ネフセタイさんが高校生だった50年ほど前は、イスラエル人がガザに行くのは普通のことで、1998年にはガザとイスラエル第2の都市テルアビブが姉妹都市提携を結んでいたことを紹介するなどした。
その上で、「母国イスラエルが攻撃をされても、私は『ガザを攻撃しよう』と言うつもりはありません。頭を冷やし、対話による解決を考えないと憎しみが増えるだけです」と強調。今回のハマスによる攻撃も、それ以前のイスラエルによる攻撃が生み出したものであり、イスラエルが今回さらに大きな報復を加えることは、さらに大きな憎しみと将来の犠牲者を生み出すと話した。
また、戦争の犠牲者は、殺された人やその遺族だけでなく、殺した人もそうだと指摘。「戦争をしているときは、自分は正しいことをしていると思っていますが、戦争が終わった後にPTSD(心的外傷後ストレス障害)になります」。イスラエルで既に国民の心理状態が悪化し始めていることを示す統計も示した。
その上で、「私たちはそれぞれの戦争の理由と歴史を学びますが、次の戦争を避ける方法を学んでいません」と言い、戦争に関する教育の転換を提唱。「戦争は昔からあったし、今もあるし、今後も起こるだろう」という、戦争が起こることを前提とした考えからの脱却を話した。
また、「夫婦げんかと戦争の共通点」として、「真っ最中だと永遠に続く気がします。終わったら、何のためだったのか思い出せません」とも。この他、近年の環境問題は、戦争に対する「ドクターストップ」になる可能性があるといった持論も話した。
その上で最後には、「ここまで見ると、世の中真っ暗に見えますが、今はグレー。自分たちの子ども、孫に、希望を与える世の中をつくれるかは、私たち次第です」と話した。
阪神宗教者の会は東日本大震災後、キリスト教の牧師、仏教の住職、神道の禰宣(ねぎ)が、宗教者の視点で震災後の復旧・復興・再建について意見交換しようと始めた会。毎月第4金曜日には、さまざまな分野の専門家を招いて例会を開催している。次回の例会は、2月23日(金)午後5時からオンラインで開催され、 元NHKディレクターの七沢潔氏が「正義なき原発報道」と題して話す。参加申し込み・問い合わせは、世話人代表の岩村義雄牧師(メール:[email protected]、電話:070・5045・7127)まで。