今回は、6章15~25節を読みます。
荒れるガリラヤ湖
15 イエスは、人々が来て、自分を王にするために連れて行こうとしているのを知り、独りでまた山に退かれた。16 夕方になって、弟子たちは湖畔に下りて行った。17 そして、舟に乗り、湖の向こう岸のカファルナウムに行こうとした。すでに暗くなっていたが、イエスは彼らのところにまだ来ておられなかった。18 強い風が吹いて、湖は荒れ始めた。
イエス様は5千人に食事を提供した後、一人で山に行かれました。マタイ福音書14章23節とマルコ福音書6章46節の並行箇所では、「祈るために」山に行かれたとなっています。イエス様が祈るために一人で山に行かれることは、しばしばあったことでした。
もっともヨハネ福音書のこの箇所には、マタイとマルコの並行箇所とは違って、「人々が来て、自分を王にするために連れて行こうとしているのを知り」とあります。ユダヤ人たちは、イエス様を地上の王にしようとしていたのですが、イエス様の国はこの世のものではありません(18章36節)。ですから地上の王とされるのを避けて、祈るため山に行かれたということでしょう。
ところが、イエス様が山からまだ戻らないときに、弟子たちは舟に乗って対岸のカファルナウムに向かっていたのです。時は夜でした。弟子たちが舟を沖に出すと、ガリラヤ湖の風が強くなり、波が荒くなってきたのです。私もガリラヤ湖に入ったことがあります。昼間でしたが強い風と波を体験し、それは怖さの伴うものでした。ましてや、夜であれば相当な恐怖感があったことと思います。しかも、イエス様はそこにはおられなかったのです。
エゴー・エイミ
19 二十五ないし三十スタディオンばかり漕ぎ出した頃、イエスが湖の上を歩いて舟に近づいて来られるのを見て、彼らは恐れた。20 イエスは言われた。「私だ。恐れることはない。」 21 そこで、彼らはイエスを舟に迎え入れようとした。すると間もなく、舟は目指す地に着いた。
1スタディオンは約180メートルですので、25ないし30スタディオン漕ぎ出したということは、4・5~5・4キロメートル漕ぎ出したということになります。つまり、ガリラヤ湖の中程を航行していたということです。そこで弟子たちは、山に行って祈っているはずのイエス様が、湖上を歩いてこちらに来るのを見いだします。
弟子たちは恐れます。真夜中の荒れたガリラヤ湖も恐怖であったでしょうが、湖上を歩くイエス様も怖かったと思います。「幽霊だ」と思ったことでしょう。しかしイエス様は、「私だ。恐れることはない」と言われました。この「私だ」という言葉は、原語ではエゴー・エイミです。
サマリアの女性が「私は、キリストと呼ばれるメシアが来られることを知っています」と言ったことに対するイエス様の返答が、「エゴー・エイミ」でした(第10回参照)。ヨハネ福音書におけるイエス様のエゴー・エイミという発言は、大変意味のあるものです。
エゴー・エイミは、日本語に直訳すると、「私はある」「私はいる」です。これは、旧約聖書の出エジプト記において、モーセが神様に名前を問うたときの答えです。出エジプト記3章13~14節の当該箇所を、聖書協会共同訳で読んでみましょう。
13 モーセは神に言った。「御覧ください。今、私はイスラエルの人々のところに行って、『あなたがたの先祖の神が私をあなたがたに遣わされました』と言うつもりです。すると彼らは、『その名は何か』と私に問うでしょう。私は何と彼らに言いましょう。」 14 神はモーセに言われた。「私はいる、という者である。」 そして言われた。「このようにイスラエルの人々に言いなさい。『私はいる』という方が、私をあなたがたに遣わされたのだと。」
新共同訳では「私はある」と翻訳されていたエヒイェーが、聖書協会共同訳では「私はいる」とされています。エヒイェーは、神様がご自身の顕現を表しておられる神様の名前であり、固有名詞なのです。このヘブライ語であるエヒイェーをギリシャ語に翻訳すると、エゴー・エイミとなります。ヨハネ福音書におけるイエス様のエゴー・エイミ発言は、旧約聖書のエヒイェーを受けているものなのです。
ここで「私だ。恐れることはない」と語られているのは、イエス様が、ご自身が神であることを顕現された後に、「恐れることはない」と言われていることを意味しています。弟子たちは喜び安堵(あんど)して、イエス様を舟に迎え入れようとしますが、舟は目指していた地に着きます。夜のうち、もしくは朝早くに到着したということでしょう。
イエス様を探す群衆たち
22 その翌日、湖の向こう岸に立っていた群衆は、小舟が一そうしかそこになかったこと、また、イエスが弟子たちと一緒に舟に乗り込まれず、弟子たちだけが出かけたことに気付いた。23 ところが、ほかの小舟が数そうティベリアスから、主が感謝の祈りを唱えられた後に人々がパンを食べた場所に近づいて来た。24 群衆は、イエスも弟子たちもそこにいないと知ると、自分たちもそれらの小舟に乗り、イエスを捜してカファルナウムに来た。25 そして、湖の向こう岸でイエスを見つけると、「先生、いつ、ここにお出でになったのですか」と言った。
今回のお話は、イエス様の第5のしるしについてです。このしるしは、当初弟子たちだけが知っていたものでした。しかし翌日には、パンを分け与えられてイエス様を王にしようとした群衆たちが、イエス様がもうその場所にはいないことに気が付いたのです。この「翌日」というのが、ユダヤ暦での日没後の翌日なのか、向う岸に着いた朝方のことを指しているのかは、調べてみても分かりませんでした。お話の流れからすると、向う岸に着いたときのことであるように思えます。
いずれにしましても、ここで第4のしるしと第5のしるしは結び付きます。第4のしるしでパンを分け与えていただいた群衆たちが、第5のしるしを行って向う岸に渡ったイエス様を、探し始めたのです。カファルナウムに着いたイエス様は、さっそく会堂でその地の人たちに教えを語られていたと思われます(59節参照)。そこに、イエス様を探していた群衆たちがやって来て、イエス様を見つけることになったということでしょう。
葦の海の奇跡との共通点
前回、第4のしるしである5千人の供食のお話は、出エジプト記のマナに対応したものであり、新しい出エジプトの出来事であるとお伝えしました。今回の第5のしるしである湖上歩行も、やはり新しい出エジプトと捉えられているようです。具体的には、出エジプト記14章で伝えられている、神様が葦(あし)の海を割った奇跡に対応するものと考えられています。
葦の海の奇跡は、真夜中に神様がイスラエルの民を導いてエジプト軍から守られたお話です。湖上歩行のしるしは、イエス様が真夜中に、嵐のガリラヤ湖で舟を向う岸まで航行させてくださったお話です。どちらも、私たちの人生の途上における困難に、神様が共にいてくださる(エヒイェー、エゴー・エイミ)ことを示しているのです。(続く)
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