自分にしてもらいたいと望むとおり、人にもそのようにしなさい。・・・返してもらうつもりで人に貸してやったからといって、あなたがたに何の良いところがあるでしょう。・・・ただ、自分の敵を愛しなさい。彼らによくしてやり、返してもらうことを考えずに貸しなさい。そうすれば、あなたがたの受ける報いはすばらしく、あなたがたは、いと高き方の子どもになれます。なぜなら、いと高き方は、恩知らずの悪人にも、あわれみ深いからです。あなたがたの天の父があわれみ深いように、あなたがたも、あわれみ深くしなさい。・・・与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。(ルカ6:31~38)
梅雨に入りましたが、6月も神様の御言葉を土台とし、梅雨のジメジメから「恵みの雨」のワクワクへと転換させていただきましょう。
以前の罪深い私は、十字架上でイエス様と共に死に、今はよみがえられたイエス様のいのちによって生かされています。イエス様から一方的に愛され、栄光から栄光へと、イエス様に似た者へと変えられ、イエス様と歩んでいく素晴らしさを体験しましょう。
そして私たちクリスチャンは、イエス様と共に生き、イエス様に倣い、私たちの内側にイエス様の個性や生きざまが反映され、イエス様に似る者とならせていただきたいと思います。
今日の聖書箇所の前の29節には「あなたの片方の頬を打つ者には、ほかの頬をも向けなさい」とあります。言葉だけを見ると、できるわけがないと思うかもしれません。しかし、これら全てイエス様が語られたお言葉ですから、お言葉全てが生きています。
私たちは不完全で欠点だらけの者ですが、イエス様のお言葉を頂き、イエス様と共に生きようとするときに、私たちの生きざまが整えられていきます。そのことを心から感謝しましょう。
では、私たちが倣うべき、十字架のイエス様とはどのようなお方でしょうか。
① 罪人のために自ら苦しみ、いのちをささげた
② 代価として見返りを望まなかった
③ 一方的にとことん愛してくださった
④ 一方的にとことん与えてくださった
ここから、私たちがイエス様に倣って生きようとするとき、実行すべき4つのポイントを確認しましょう。
1. 自分の求めていることを考え、それを実行
自分が他人に要求することはたくさんありますが、まずはそれらを自分から相手にしてあげることから始めましょう。
2. 報われなくても、それを実行
損得勘定なしで人々と接し、たとえ人からの報いがなくても大丈夫という心意気で歩みましょう。
3. 敵であっても愛してみる、それを実行
「自分の敵を愛しなさい」というお言葉は世の中の人には理解しがたい言葉かもしれません。しかし、イエス様はあえて敵であっても愛を示されました。たとえ、相手が自分にとって敵であっても、恨みで終わらせずに、相手にも神様の恵みが注がれるように祈り、ほんの少しでも愛を与えていく者になりましょう。
4. 思いっきり豊かに与えてみる、それを実行
人生は、自分の生きざまの反映です。豊かに気前よく与えれば、人は豊かに与え返してくれます。
イエス様が語られた「人生訓」は、世の中でよく言われている「人生訓」とは反対のものです。しかし、その難しい事柄を厳しく戒めているのではなく、まずイエス様ご自身が私たちに対して実行してくださいました。
いきなりイエス様のようにはできませんが、いつもイエス様と共にいて賛美し、お言葉を受け止めていくと、イエス様に似た部分が必ず生まれてきます。この6月、イエス様に倣うよう意識的に行動して、一歩でも二歩でもイエス様に近づいて、信仰を成長させていただきましょう。
◇