私はこの連載コラムの第4回で、ニューヨークはゴールデンルールが根底にある街だと書きました。しかし、「いや、そんなことはないだろう。少なくとも、スーパーに買い物に行って銃で撃たれて死ぬようなことは日本では起きないし・・・」と笑い飛ばした読者もいたことと思います。なぜそう思うか。それは、私自身があのコラムを読みながら、そう感じてしまったからです。私が第4回の原稿を書いたのは、ニューヨーク州バッファローのスーパーで10人が死亡する悲惨な銃乱射事件(5月14日)が起こる前のことでした。それでもリリースされた自分のコラムを読みながら、複雑な心境でした。人助けが好きで、ゴールデンルールを道徳観の基礎としている米国社会の姿が健康な細胞だとすると、人種差別や銃の問題はがん細胞のようなもの。そして、このがん細胞を取り除いてしまいたいのに、なかなかできずにいるのが米国社会です。
米国では暴力に対する処罰は基本的にとても厳しいです。その良い例が、今年のアカデミー賞授賞式で起こったウィル・スミス氏とクリス・ロック氏の事件ではないでしょうか。日本ではスミス氏を擁護する声が多くあったようですが、米国ではロック氏への支持が多く見られました。日本のテレビでは、よくお笑いタレントが平手打ちをしたり、頭をたたいたりする光景が見られます。そのため、公の場での暴力に対し、あまり抵抗がないのかもしれません。しかし、米国では公共の電波を通して暴力を放送するなど、絶対にあり得ないこと。ですから米国では、「いかなる理由であろうとも暴力はダメ」と、スミス氏を非難する声の方が大きくなりました。
その結果は、2人のその後を比較すれば明らかです。アカデミー賞を主催する米映画芸術科学アカデミーは、受賞式を含む全てのイベントについて、スミス氏を10年間の出席禁止としました。その反対に、ロック氏の人気はうなぎ上り。あの事件以降、彼のショーのチケットは完売し続け、プレミアが付いて高値で転売されるほどです。「あの状況で最後まで司会を続けたクリスはすごい!」と、ロック氏は称賛されました。
また、バッファローの銃乱射事件後、現場の様子をソーシャルメディアにアップしたニューヨーク市更生局のグレゴリー・C・フォスター2世刑務官は、無給の停職処分になりました。暴力映像をSNSで拡散するメンタリティーは非常に幼稚であり、雇用継続は危険だと判断されたのです。これだけ暴力に厳しいのに、銃事件が多発する米国。なぜ銃に関しては規制の声がかき消されてしまうのでしょうか。
バッファローの事件が起きた翌日5月15日、私が通う教会「ベテル・ゴスペル・アセンブリー」(英語)の日曜礼拝(英語)で、カールトン・T・ブラウン牧師はこう述べました。
「皆さんが朝起きて、朝食を買いにスーパーに出かけ、その後銃で撃たれて二度と家に帰ることができない・・・。そんな世界をあなたは信じられますか。私は今朝、ブロンクスの牧師から『私たちは悲しんでいる場合ではない。ニューヨーク市長と牧師たちですぐにミーティングを持つべきだ。力を貸してほしい』と連絡をもらいました。明日、私は早速市長に連絡し、私たちに何ができるのか、近日中にミーティングを持つことになるでしょう」
これは今までになかった動きです。もちろんこれまでも、礼拝のメッセージで銃規制が語られることや、デモで銃規制を求めることなど、アクションはありました。しかし、事件後すぐに市内の主要な教会の牧師たちが市長とミーティングを持つという具体的な動きは聞いたことがありませんでした。ブラウン牧師は、「戦争、テロ、感染症など、これまで人間はさまざまな出来事に遭いながらも、そこから学び、努力してきた。私たちが努力すれば必ず社会は変わる」と聴衆に呼びかけました。
また、翌週5月22日の日曜礼拝(英語)は、急きょプログラムが変更され、政治家たちが礼拝の中でスピーチするという異例の集会となりました。礼拝の冒頭には、米上院院内総務を務めるチャック・シューマー上院議員によるビデオメッセージが流れました。
「私の国会議員としての基盤は『Living with faith in God(神への信仰を持って生きる)』です。マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師が、愛である神を信じて決して諦めなかったように、私も諦めずに戦います。なぜなら、大多数の米国市民は平和を望んでいるからです。私は国会議員として、その人たちのために立ち上がり続ける役割があるのです」
次に、ニューヨーク州のキャシー・ホークル知事がゲストスピーカーとして登壇しました。昨年8月にニューヨーク州初の女性知事として就任したホークル知事は、バッファローの事件が起きたスーパーから、徒歩10分ほどの場所に住んでいたそうです。彼女や彼女の家族が犠牲者になった可能性もあったわけです。ホークル知事は、最初に詩篇34篇18節を読みました。
主は心の砕けた者に近く、たましいの悔いくずおれた者を救われる。(口語訳)
「私たちバッファローの住民の心は、この事件によって砕かれました。しかしその結果、私たち住民の心は一つになりました。2022年を恐怖の年にしてはなりません。コミュニティーは結束し、銃社会と戦おうと決意したのです」と力強くスピーチしました。
また、ホークル知事はジョー・バイデン大統領から「私に何かできることはないか」と直接連絡を受けたと明かしました。その際、法改正について声を上げたと言いました。「いくらニューヨーク州で銃規制しても、他州で銃を買い、雑誌に挟んで鞄に入れて持ち込むことだってできてしまう。こんなことを許し続けていてはいけない」
バイデン大統領は6月25日、超党派の銃規制法案に署名しました。これは過去30年近くで最も重要な銃規制の連邦法となりました。しかしその後すぐに、銃の規制が非常に厳しいといわれていた日本で、安倍晋三元首相の銃撃事件(7月8日)が起きました。銃規制は非常に重要ですが、それでもあらゆる情報がネットで手に入れられる今、一般人でも手製の銃を作れる時代です。この銃撃事件は、いくら法律を作って銃を規制しても、事件の背景にある諸問題を解決しなければ、また道徳や倫理、そして愛がなければ、むなしいものになってしまうということを証明しました。
ホークル知事もスピーチの中で教育に触れ、「米国の全ての子どもたちに最高の教育を与えるべきである」と述べました。米国社会が変わるためには、法律による銃規制とともに、聖書教育の大切さを強く感じざるを得ません。道徳や倫理が失われることは、社会にとって最も危険なことだからです。
あなたがたは、正しくない者は神の国を相続できないことを、知らないのですか。(1コリント6:9、新改訳)
コロナ禍で大打撃を受けた上に、この数年は銃による事件も含め犯罪が多発しているニューヨーク。治安も悪くなり、意気消沈していたニューヨーカーに、大きなエネルギーをもたらすイベントがありました。それは、8月6日に開かれた「COME HOME TO HOPE」というクリスチャン集会。何と、東京ドームと同じく、5万人以上を収容できるヤンキースタジアムで行われたのです。テーマは「I Believe」。集会を主催したのは、全米で最も有名な牧師の一人であるジョエル・オスティーン牧師と妻のビクトリア牧師です。オスティーン牧師がなぜそんなに有名かというと、それはテレビの影響です。テレビ伝道師として活躍するオスティーン牧師の番組の視聴者は、世界100カ国以上で毎月2千万人以上ともいわれており、クリスチャンの間では超有名人。いつもテレビで見ているオースティン牧師を一目見たいと、多くのクリスチャンがヤンキースタジアムに集結しました。
スペシャル音楽ゲストは、グラミー賞アーティストのシーシー・ワイナンズ。米国で最も人気のあるゴスペルアーティストの一人です。広いスタジアムに集まった聴衆とライブストリーミングの視聴者に向けて、彼女のオリジナル曲「Believe For It」を歌い、「私たちに動かせない問題でも、主は動かすことができると私たちは信じています」とメッセージを伝えました。
オスティーン牧師は、「私は父の死後、自分が教会を率いていかなくてはならないと思ったとき、怖くて仕方がありませんでした。そんな臆病者で野球が大好きだった私が、ヤンキースタジアムでクリスチャン集会が持てるなど、誰が想像できたでしょう」。そう言って涙ぐみ、声を詰まらせました。
オスティーン牧師は、逆境の中でこそ希望を見つけ、困難な時にこそ忠実であり続けることに、メッセージを集中させました。彼は、コロナ禍、経済的混乱、銃事件や治安の悪化など、社会不安の中にいる私たちは、まるで火の中にいるようだと述べました。「しかし、そのような状況にあっても、私たちには自由があるのです。身動きが取れないような状況に見えても、実際はそうではない。なぜなら、神はあなたが使命を果たすまで、邪魔をするわけがないからです。あなたの中の可能性は、ネガティブな思いに閉じ込められてしまいそうですが、実際はその反対。逆境の中でこそ、可能性が見えてくるはずなのです」
オスティーン牧師は、「あなたはわたしが悩んでいた時、わたしをくつろがせてくださいました」(詩篇4:1、口語訳)とダビデの詩を読み、「神が困難や試練、裏切り、喪失の時代を用いて、ご自分の民を精錬し聖化することを思い出してほしい」と聴衆に呼びかけました。
「あなたがたは、世の光である」(マタイ5:14、同)。私たち一人一人は、天がこの地上に送った世の光なのです。「世の光」である私たちが諦めてしまっては、世の中を明るくすることはできません。そして聖書は、「あなたがたの光を人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい」(マタイ5:16、同)と言っています。米国には今も、聖書を信じるクリスチャンが多くいます。聖書に立ち返って自らを「世の光」として輝かせられるか否か、銃事件を撲滅できるか否かは、米国のクリスチャン、米国市民にかかっています。
この連載コラムは、今回が最終回です。半年にわたり読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。私は、10月末から再開(2020と21年はコロナ禍で休止)するオレンジゴスペルツアー(10月30日大阪、11月3日愛媛、4日東京、5日新潟)とオレンジゴスペル支援イベント(10月29日愛知、11月2日広島、6日千葉)のために日本へ行きます。まだコロナの感染収束が見えない日本では、コロナ禍で産後うつが増え、出産した女性の約3割が産後うつ状態にあるという調査も出ています。こんな時だからこそ「合唱のように子育てはみんなで」を伝えなくてはならないと、お節介な人たちが全国で立ち上がりました。
とはいえ、コロナ禍に加え、急速な円安と物価高騰により、開催資金の調達に各会場、不安感を持っています。オレンジゴスペル本部では、運営資金調達のため、年間サポーターを募集しています。会費は年1万円です。サポーターのお名前はSNSで紹介され、公式サイトで1年間、公開されます。ご興味ある方は、ぜひお問い合わせください。また、お近くにイベント会場がある方は、お目にかかれたら大変うれしく思います。
Thank you, again & God bless you all!
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