日本人がゴスペルと聞いて真っ先に思い浮かべるのは、映画「天使にラブ・ソングを」に出てきたような、ゴスペル音楽による合唱かもしれません。しかし、そもそもゴスペル(Gospel)という言葉は、音楽を意味するものではありません。英語の辞書を調べると、「the teaching or revelation of Christ(キリストの教え、またはキリストの啓示)」と出てきます。この意味だと、日本語では「福音」と訳せるでしょう。新約聖書の最初の4巻の福音書も、英語では「The Gospel of John(ヨハネによる福音書)」のように言います。
また、ニューヨークで毎年行われている全米最大級のゴスペルイベント「マクドナルド・ゴスペルフェスト」では、アマチュア向けのコンテストも開かれますが、コンテストのカテゴリーは、合唱やソロボーカルだけではありません。ポエム、ラップ、マイム(パントマイム)、スタンダップコメディ、ダンス、スピーチなど、日本人がまったくイメージしないゴスペルの形がステージ上で繰り広げられます。米国では、ゴスペルを伝える手段は音楽だけではないのです。それぞれが、天から与えられたさまざまな才能を使ってゴスペルを伝えているのです。
(過去の記事「ノンクリスチャンがゴスペルを歌う意味を再確認 ニューヨークの大舞台で初の日本語賛美も」や「エミー賞プロデューサーが語る”日本人はなぜゴスペルに引かれるのか”」を参照)
私は、このマクドナルド・ゴスペルフェストのコンテストで、アジア人では唯一の審査員をしています。コンテストの出場者は、ほとんどがアフリカ系米国人。次に多いのがラテン系で、白人とアジア人はあまりいません。審査員として公平に審査しているつもりですが、やはり日本人が出てくると、にんまりしてしまいます。心の中では、思わずガッツポーズ! しかし残念ながら、これまで出場してきた日本人は合唱やソロボーカルのカテゴリーばかりで、その他のジャンルに挑戦する人はほとんどいません。2011年に、私の友人でプロダンサーのRIEさんが出場した以外は、日本人ダンサーを見た記憶がありません。
もちろん、歌でコンテストに挑戦してくれるのもうれしいです。でもやはり、合唱やソロボーカルで出場権を得るのは簡単ではありません。小さい頃から教会で歌っている人にはかなわないということもありますが、英語の問題もあります。実際、日本人でファイナリストにまで進むことができているのは、私の音楽コンサルテーションを受けた人がほとんどです。米国でオーディションを受けるコツ、あるいは歌唱方法を知っていないと、合格はなかなか難しいというわけです。それだけでなく、物理的な問題もあります。例えば、オーディションに合格したソロボーカルのファイナリストは、コンテスト本番までに何度かニューヨークで行われるリハーサルに参加しなくてはなりません。生バンドに合わせて歌うため、リハーサルが必要なのです。もちろん、例外が認められることもありますが、ニューヨーク近郊に住んでいなければ、出場のハードルがかなり高いのは事実です。
それでも、日本人にぜひ挑戦してほしいカテゴリーがあります。それは、ダンスやマイムです。どちらも英語を必要とせず、音源に合わせてパフォーマンスするので、現地でのリハーサルを必要としないからです。また、日本人ダンサーのレベルは非常に高く、米国でも評価されています。特に日本のヒップホップダンサーやチアダンサーのレベルは高く、世界大会でも日本人グループはトップレベルです。
ゴスペル音楽に合わせたダンスは、「プレイズダンス」(または、ワーシップダンス)と呼ばれています。プレイズダンスはゴスペル音楽と同様、アフリカ系米国人の教会の礼拝において重要な役割を果たしています。しかし、プレイズダンスのルーツを調べてみると、実はキリスト教よりも前、ユダヤ人の伝統にまでさかのぼることが分かりました。ユダヤ社会でも、ダンスは祈りと賛美の媒体として行われていたそうなのです。現代のプレイズダンスには、ジャズ、モダン、アフリカン、ヒップホップなど、さまざまなスタイルが含まれます。私の通っている教会「ベテル・ゴスペル・アセンブリー」(英語)にも、「ワンアコード(One Accord、一つの一致)」という名前のプレイズダンスのチームがあります。さまざまな人種や年齢の人たちが所属していて、礼拝やイベントで素晴らしいダンスを見せてくれます。今回は、ワンアコードのリハーサル会場にお邪魔して、取材をさせてもらいました。
ワンアコードが始まったきっかけについて、リーダーのラシャーン・クーパー・パットさんは、次のように話してくれました。
「教会のワーシップシンガーたちは、声でゴスペルの歌詞を伝えますが、プレイズダンサーたちは歌詞を踊りで表現します。2003年ごろ、初めはユースたちにダンスを教えていましたが、でもそのうち、一緒に来ていたユースたちの妹やお母さんたちも一緒に踊りたくなってしまって(笑)。今では、キッズ、ユース、アダルト、シニアが一緒になって踊っています。それに、このグループの中には人種の壁がありません。たとえ最初は歌詞の意味が分からなくても、時間とともにプレイズダンスを踊っている意味が分かってくると信じています」
実際に、リハーサル会場にはラテン系やアフリカ系の米国人、またアフリカ系やアジア系の移民らしき姿の人たちもいました。年齢も10代から60代までと幅広く、女性だけでなく男性の姿もありました。練習の合間にメンバーの何人かに「あなたにとって、プレイズダンスとは何?」と聞いてみました。いろいろな考えや思いを持って、皆さん、プレイズダンスを楽しんでおられるようです。
- 「私を自由にしてくれるもの」(キーシャ・サンティアゴ)
- 「礼拝をサポートするもの」(アンジェラ・ボルティモア)
- 「神様が一緒にいてくれると感じられるもの」(キンバリー・ナース)
- 「ゴスペル音楽の歌詞を、体を使って表現するもの」(ステファニー・ロバーツ)
- 「神様をスマイルさせるもの」(ジャッキー・ホーランド)
- 「ネガティブな自分の精神状態を壊して、私を前に進めてくれるもの」(ホレース・ラシタ)
- 「誰かを神様に出会わせてくれるもの」(オリビア・グリーン)
- 「自分の気持ちを神様に聞いてもらうツール」(リーナ・ホーウィー)
- 「(ダンスを)見ている人を元気にするもの」(ナディア・プレイリオー)
また、まだクリスチャンではないという日本人の姿もありました。ダンスが好きでメンバーに加わったそうなのですが、周りがみんなクリスチャンでも違和感を感じたことはないと言っておられました。きっと神様がダンスを通して彼女をキリストに導こうとされておられるのだと思います。
日本語で「宝の持ち腐れ」という言葉があります。せっかく天からもらった才能を無駄にする人のことです。皆さん、医師の日野原重明先生を覚えておられますか。105歳で逝去される数カ月前まで、聖路加国際病院で現役の医師として働き続けた日野原先生は、生前にこんな言葉を残しておられます。「人のために自分をささげる喜びを知っている人を、プロといいます」。考えてみれば、米国のプロエンターテイメント業界では、クリスチャン以外の人を探すことが困難です。皆さん自分の才能が天から与えられたことを知っているので、その天賦の才能を感謝して、この地上で人々にささげているのです。それがプロの姿です。
神様は全ての人に違った才能を与えられ、そして全ての人を救いたいと思っています。「兄弟たちよ。わたしの心の願い、彼らのために神にささげる祈は、彼らが救われることである」(ローマ10:1、口語訳)
さて、皆さんの得意なことは何ですか。それらは自己満足のための賜物ではありません。誰かにささげるために天から与えられた才能です。しかし、その宝を腐らせるか、人生の最後まで使い切るかは、本人次第です。神様は人間に自由意思を与えてくださっているのですから。(続く)
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