私たちの生活のさまざまな分野に影響を与えてきた新型コロナウイルス。その中でも特に、経済界への影響は大きな関心を集めてきたと思います。しかし、影響を受けたのは、もちろん経済界だけではありません。全米学生情報センターによると、米国の大学進学率はコロナ禍により、5パーセント近く下がり、入学者数は72万7千人も減少したそうです。特に多くの音楽大学にとって、コロナ禍は大問題。プロの音楽家たちが失業する中、「音楽などやっても、将来の生活に役立たないのではないか」と、音楽の道を断念する若者も増えています。しかし、音楽を学ぶことは本当に無駄なことなのでしょうか。ニューヨークのキリスト教大学であるナイアック大学の音楽部を取材してみました。
まずは学生たちに、コロナ禍の中、なぜナイアック音楽大学への進学を選んだのか理由を聞いてみました。多かった答えは、「学位を取得したい」「クリスチャンや音楽家として成長したい」「良い環境で音楽を学びたい」の3つでした。まず、学位が欲しかったと答えた学生のうち、2人のコメントを紹介します。
「キリスト教音楽を学び、同時に大学の学位も得られる場所は他にありませんでした」(オードリー・マーティンズ)
「ニューヨークの他の音楽学校に1年行きましたが、そこでは大学の学位を取得できないことが分かり、こちらに転校しました」(ディルナー・ディルモラート)
ニューヨークには、多くの音楽学校があります。しかし、学位を取得できない学校も多く存在しています。現在の米国社会で学位は重要です。米国の教会ミュージシャンの多くは学位を持っていません。その結果、就職に不利になるケースが多いのです。米国の学位は大きく分けて4種類。Associate(准学士号)、Bachelor(学士号)、Master(修士号)、Doctor(博士号)です。2019年の国勢調査によると、この4つの学位のうちいずれかを持っている25歳以上の人は42パーセントに上ります。州高等教育執行役員協会の全国報告によると、高卒の平均収入が年間約3万ドルであるのに対し、学士号取得者は平均で年間5万ドル強の収入を得ています。学士号以上の学歴を条件とする求人も目立ちます。米国の4年制大学のプログラムを修了した場合、ほとんどの学生は、BA(Bachelor of Arts、文学士号)かBS(Bachelor of Science、理学士号)のどちらかを得られます。私は心理学を専攻していますが、ナイアック大学では卒業するとBAが与えられます。音楽部の場合も、卒業すればBAの学位が与えられますので、就職にも有利なのです。
2つ目の理由、「自分の成長のため」と回答した人たちのうち、印象的だった2人のコメントを紹介します。
「私はゴスペルパフォーマンスを専攻しています。大学に通い始めてから、私は音楽家としてだけでなく、精神的にも成長させてもらっています。そしてそれは、人間が生きていく上で音楽よりも大切なことであることに気付かされています。主の御心にかなう人生を送るために、この数年間の学びの場はとても大事だと考えています」(ジゼル・カーター)
「私は実は、別の音楽大学に通っていたのです。でも、その大学は私には合いませんでした。自分が何者であるかが分からなくなったからです。しかし、この大学に来てから私はすぐに自分らしさを取り戻すことができました。神様が私に与えた才能が何であるか、そして私が生きる意味を知ったのです」(ジェイラ・デイビス)
私は音楽プロデューサーなので、エンターテインメントの世界の厳しさを知っています。競争が激しく、自分を見失いがちになります。そして自信を失ったり、アルコールやドラッグの誘惑に負けたりしてしまう人もたくさんいます。
合唱クラスを担当しているステファニー・アルバレンガ教授は、プロとして収入を得るために最も必要なことは、音楽のテクニックだけではないと言っています。
「プロになってから思うのは、教会での私と音楽ビジネスの中の私とは、結局何も変わらないということです。なぜなら、音楽がビジネスになろうとなかろうと、私はやはり信仰から離れることはできないからです。多くの音楽家がステージの開始前に祈ります。なぜなら、みんなそれが一番大切だということを知っているからです」
私は音楽プロデューサーとして、日本の音楽家たちを米国でデビューさせていますが、その際に必ずゴスペル音楽を学ぶことを勧めています。なぜなら、現在の洋楽のルーツはキリスト教音楽(クラシックや賛美歌、ゴスペル)だからです。
3つ目の理由である「良い環境」というのも、とても大事だと思います。学生のダニエル・フィリップさんは、信仰と音楽との関係性についてこう語りました。
「私にとっては信仰と音楽はセットです。どんな音楽を演奏していても、それは私にとって神様をたたえるものです。ですから、音楽大学でありながら、しかもジーザスが中心にあるこの大学は、私にとって最高の学び舎です!」
また、今回インタビューしたすべての学生が、「神様を信じている仲間と共に音楽を学べる環境は最高です」と答えています。音楽部のタミー・ラム博士は、「音楽は個人プレーではありません。共に演奏する音楽家と呼吸を合わせなくてはいけません。音楽は一人で学ぶものではないのです」と言いました。互いに競い合うのではなく、尊重し合える環境は、音楽家の学び舎にふさわしいといえるでしょう。
そして、シニア学生の姿も何人か見かけました。その中の一人、リゴベルト・ヒューバートさんのコメントが印象的でした。
「私はパナマ出身のシニア学生です。私は教会で20年間、ずっとコンテンポラリーゴスペルを演奏してきました。しかし、譜面が読めないため、教会以外の場所で音楽を演奏する機会を得ることが困難でした。この大学ではゴスペル音楽を学べる上、通常の音楽大学の学科も学べるので、私にとって最高の選択でした」
今回、音楽部を取材していて分かったことは、学生の多くが、自分が生きるための土台をしっかりとつくるために来ているということでした。砂の上に家を建てても、立ち続けることはできないことを知っているのです。
また、わたしのこれらの言葉を聞いても行わない者を、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができよう。雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけると、倒れてしまう。そしてその倒れ方はひどいのである。(マタイ7:26~27)
ナイアック大学はキリスト教大学ですが、クリスチャンのためだけに開かれているわけではありません。冒頭にコメントを紹介したディルモラートさんは、カザフスタンから来たイスラム教徒でした。彼女は、音楽部に来てから聖書の授業も受けています。「違和感はないの?」と聞いてみたところ、こんな答えが返ってきました。「聖書を学ぶことは、神に対する新しい知識を得る機会だと思っています。神は一つなので宗教は関係ないと私は思います」
また、ラム博士はコロナ禍により大学の体制が変化してきたことも話してくれました。
「オンラインで音楽を教えるのは非常に難しいです。ですから、私のクラスは必ず私以外に教授を1人付け、2人体制でクラスを開催しています。また、コロナ禍でオンライン授業が増えたため、ニューヨークにいなくても授業に出られるメリットができました。今後はオンラインで学位を取れる可能性も出てくるでしょう」
オンラインで海外の大学に入学できるとは、新しい時代の変化を感じます。これは、海外や他州で本格的に音楽を学びたいと考えている人たちにとっては、自身の可能性を開く新たな扉になることでしょう。音楽部では、ジャズやポップス、クラシック、ミュージカル、ゴスペルなど、幅広いジャンルを学ぶことができます。実際、ある日本人女性ミュージシャンがオンライン留学を希望しており、私もできる範囲でアシストしています。神様は人間にとって不都合に見えることも、すべて益に変えてくださるお方。コロナ禍も悪いことばかりではありません。(続く)
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