世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会の代表者が26日、外務省を訪れ、核兵器禁止条約の発効を受けて発表した声明を鷲尾英一郎副外相に手渡した。声明は日本政府に対し、条約への署名・批准を求めるとともに、世界唯一の戦争被爆国として核兵器廃絶に向けた「橋渡し役」になることなどを要望している。鷲尾氏との面談後には参議院議員会館で記者会見を開き、声明の概要を説明するとともに、代表者それぞれが「核兵器なき世界」に向けた思いを語った。
日本は「橋渡し役」としての取り組みを
これまで長年にわたり核廃絶運動を展開してきたWCRP日本委は、22日の条約発効と同時に声明を発表。心からの祝意と全面的な支持を表明した上で、核兵器は「使ってはならない兵器」「使えない兵器」だとし、「存在自体が絶対悪」だと断じた。また、条約の作成に官民の協働があったことを高く評価し、「『核兵器なき世界』に向けた、人類の偉大なる一歩」だと歓迎。その上で日本政府に対しては、以下の4点を要望した。
- 日本国として核兵器禁止条約を署名・批准し、正式に締約国となること。
- 核兵器禁止条約と核兵器不拡散条約(NPT)が補完関係であるとの立場に立って、核兵器の廃絶に向けて、かねてから日本政府が主張している「橋渡し役」に真の意味で取り組むこと。
- 被爆の実相と核兵器使用がもたらす科学的な終末予測をもとに、核抑止政策の信ぴょう性に対する再検証を行うこと。
- 核兵器に依存しない日本の平和と安全を構築する政策について検討を始めること。
アジア宗教者平和会議(ACRP)シニアアドバイザーの神谷昌道氏は、要望した4項目について、署名・批准に否定的な日本政府の立場に触れつつ、「諸課題はあるにしても、創造的なアプローチを通じて核兵器のない世界をつくってほしい」とコメント。核兵器の危険性を示す科学的な知見に基づき、また人道的・倫理的視点を考慮しつつ政策立案をしていくことを求めた。
WCRP日本委事務局長の篠原祥哲(よしのり)氏によると、鷲尾氏は面談で、宗教者と国会議員が連携することの重要性への認識を示した上で、核兵器不拡散条約(NPT)を軸にした核軍縮を考える日本政府の立場を説明。立場に違いはあるが、目指すゴールは同じだとし、8月に予定されているNPT再検討会議に向けて機運を高めていきたいと述べたという。
篠原氏は、NPT再検討会議に向けた取り組みについては歓迎しつつも、NPTでは核軍縮が前進しないことから核兵器禁止条約が生まれた背景があると指摘。NPTの重要性も認めた上で、NPTと核兵器禁止条約の「橋渡し役」を日本政府が担うことを求めた。
神から与えられたいのちを守る
WCRP日本委理事で日本ムスリム協会会長の徳増公明氏は、世界唯一の戦争被爆国である日本が条約に署名・批准していないことは「非常に残念」とコメント。「宗教者は多大な犠牲者を生む核兵器を認めることはできない。核兵器廃絶はいのちを守り、地球を守るために絶対に必要なもの」と語った。また「いのちは神から与えられたもの。私たちは人生をまっとうするまでいのちを守る義務がある」と訴え、ローマ教皇フランシスコが2019年に来日した際、核兵器は戦争目的の使用だけでなく保有も倫理に反すると語ったことなどを挙げた。
日本聖公会管区事務所総主事の矢萩新一氏は、数年前に米国聖公会の主教らが来日し原爆資料館を訪れた際、その悲惨さを目の当たりにして涙を流していたことを紹介。「核の抑止力がなければ争いが起こるという考えもあるが、一人一人の心の良心、信仰が抑止力になると思っている。神から与えられたすべてのいのちを守り養うのが宗教者。そのことを強く訴えたい」と語った。
また、東日本大震災とそれに伴う福島第一原発事故から今年で10年になることにも言及。核兵器でなくとも核の使用は一度事故があれば取り返しのつかないことになることを経験的に学んだとし、「自然を含むすべてのいのちを慈しむという意味で、日本も核兵器禁止条約を署名・批准してほしいと強く願っている」と述べた。
妙法慈石会登陵山清川寺法嗣の石川清章(せいしょう)氏は、「宗教者が健全な道徳の源泉になり得ることを感じた」とコメント。核兵器廃絶などを訴えて約10年前にWCRPの青年らが中心となって行った署名活動では1200万筆もの署名が集まったことを挙げ、今後の活動への展望を語った。
核廃絶運動における宗教者の役割
WCRPは1970年の創設以来、半世紀にわたって核兵器廃絶を訴え続けてきた。核兵器廃絶運動において宗教者が果たしてきた役割について、神谷氏は人道性や倫理性などの面における貢献を語った。神谷氏は、核兵器禁止条約の作成で欠かせなかった官民の協働において鍵となったのが人道的アプローチだったと説明。条約前文は「人道の諸原則の推進における公共の良心の役割」を強調しており、その役割を担っている一例として「宗教指導者」が具体的に言及されていることを紹介した。
矢萩氏は、宗教や宗派・教派の違いがある中、平和や人権、核廃絶などのテーマにおいて、諸宗教が協力して取り組んできたことの意義を強調。キリスト教においては、カトリックや聖公会、日本キリスト教協議会(NCC)の関係者がWCRPに加わり活動してきたことを挙げた。一方、東日本大震災後、いち早く脱原発にかじを切ったドイツでは、キリスト教指導者も委員として参加した倫理委員会が政策決定に大きな影響を与えたことに言及。「宗教者の持つ倫理観を聞いてもらえるよう働き掛けていかなければいけない」と語った。
篠原氏は、WCRP日本委が国会議員や地方自治体の首長、科学者、被爆者などさまざまな人々と連携して核廃絶に向けた活動をしてきたと説明。一方、核兵器の問題は経済や産業とのつながりもあるとし、今後はビジネス界との連携を強化していきたいと語った。