2020年は、いろいろな意味で人々の記憶と記録に残る1年となるだろう。その中でも特に印象深い出来事となるのが、米大統領選と言っても過言ではない。昔も今も「米国がくしゃみをすると日本が風邪をひく」という構図は変わっていない。
今回は11月3日となる投票日(米国の法律では「11月の第1月曜日の翌日」というややこしい文言になっている)。毎回何が起こるか分からないのだが、特に今年はその振れ幅がハンパない。
予兆はあった。新型コロナウイルスの世界的まん延である。これに対する対応で、現職のドナルド・トランプ大統領は当初「インフルエンザみたいなもの」と、まったく取り合わない発言をしていた。しかしその後、米国での感染拡大を受けて、その対応を変えざるを得なくなった。
しかし、それでもトランプ氏本人は長い間マスクを着用しなかった。そして彼を支持する人々もまたマスクを着用せず、各地の共和党集会が開催されることとなった。一方、民主党候補のジョー・バイデン氏は常にマスクを着用し、さまざまな集会を自粛したり、オンラインで行ったりと、いろいろ苦慮する姿を「演出」した。これはトランプ氏との差異を明確にする意味合いもあったろう。
この対立が一気に表面化し、泥仕合になり、最後は子どものケンカになってしまったのが、9月29日にオハイオ州クリーブランドで開催された第1回大統領候補討論会である。ケース・ウェスタン・リザーブ大学で行われた討論会は、米フォックス・ニュースの司会者クリス・ウォレス氏が匙(さじ)を投げるほどの「ののしり合い」となり、全米どころか、全世界に「これが大統領候補による討論会か?」と思わせてしまった。米国はもとより、日本のマスコミ各社も「史上最低のテレビ討論会」であったと断じた。
米CNN(日本語版)によると、米国の視聴者は10人中6人がバイデン氏に軍配を上げている。だが、これは前回2016年のヒラリー・クリントン氏との討論会の結果とほぼ同じである。だからバイデン氏が勝利するとは言いきれない。勝敗の行方は依然、混沌(こんとん)としている。
討論会が大荒れになる。これはある程度予想できたことだ。しかし本当の「振れ」はその後にやってきた。10月2日、何とトランプ氏が新型コロナウイルスに感染したことを明らかにしたのである。ワシントン近郊のウォルター・リード米軍医療センターに入院したが、その3日後には退院。早々に選挙戦に復帰したが、彼の側近たちにも感染者が相次ぎ、「ホワイトハウスでクラスターか」という疑惑まで生まれてしまった。
慌てたのは大統領候補討論会委員会である。15日に開催予定であった第2回の討論会をどうしたらいいのか。彼らの苦肉の策は、オンラインによるバーチャル討論会であった。しかし、これをトランプ氏側が「直接でないと意味がない」と拒否。結果、9日に討論会は正式にキャンセルされた(米CNN・日本語版)。
だが当の本人はまったく意に介さない「姿勢」を貫き、12日開催されたフロリダ州サンフォードでの支持者集会では、マスクを着用せずに登場し、「今は免疫がついているらしい」「全員にキスする」と完全復活ぶりをアピールしたのである(英BBC・日本語版)。
ちなみに両者が最後に直接相まみえるのは、22日にテネシー州ナッシュビルのベルモント大学で行われる第3回討論会である。ここでトランプ氏は何を語るのか。そしてバイデン氏はそれにどう応酬するのか。まさかつかみ合いにはならないだろうが、なぜかプロレスの場外乱闘を期待するような気持ちになってしまうのだから不思議だ。
さて、こういう一連の流れを「福音派」の人々はどう受け止めているのだろうか。両陣営を福音派がどのように捉えているかを示す2つのサイトを紹介しよう。奇しくも同じ語呂合わせで並び立つまったく対照的なサイトである。
それは――
- Evangelicals for Trump(トランプ氏を支持する福音派、以下「トランプ派」)
- Evangelicals for Biden(バイデン氏を支持する福音派、以下「バイデン派」)
である。
名前以外の唯一の違いは、トランプ派のサイトではページのタイトルに「!」が付記されていることだろう。各サイトへのリンクを張ってあるので、ぜひ訪れて両者の違いを体感してもらいたい。英語が分からなくても、ビジュアルで分かると思われる。
まず「!」付きの「トランプ派」である。サイト上部には、手を組み合わせて熱心に祈りをささげる敬虔なクリスチャンの姿が映し出されている。そして、こんな言葉が掲げられている。
「トランプを支持する福音派」は、2020年の大統領選挙でドナルド・トランプ氏の再選のための援助を約束する。国中の福音派がトランプ氏再選のための援助を再確認し、トランプ氏が2期目において、中絶反対(プロ・ライフ)、信教の自由、そして保守的な最高裁判事の登用を次の4年間の最優先課題とするように働き掛けていくものである。
これ以上、端的に彼らの主張を提示したものはないであろう。そして各地の支持者集会の日程と、マスクを着用しないでこぶしを振り上げるトランプ氏の雄姿を掲載している。さらにその画像をクリックすれば、昨年12月にトランプ氏を批判する論評を掲載した米福音派誌「クリスチャニティー・トゥディ」のティモシー・ダルリムプル社長を非難する記事に飛ぶようになっている。
一方「バイデン派」は、十字架の写真と共に「信仰と情熱を持って2020年大統領選挙に参加する福音派」という言葉が掲げられている。バイデン氏の写真などは目立つ上部にはなく、次のように記されている。
ジョー・バイデン氏は決して突出した人物ではない。しかし危機の時、その性格と信仰が彼を際立たせる。だから国中の福音派は、11月に彼に投票するのだ。バイデン氏は人生を通して、苦しみ、葛藤し、その結果、謙虚さを学んだ人物である。彼は、米国の一般市民が直面していることを理解している。そして最も難しい時、信仰が自身の支えとなったことを彼は繰り返し語っている。彼の人生を導いてきた神に対する本物の、また謙虚な信頼は、バイデン氏が大統領となってこの国を再び一致と繁栄に導くことになっても、土台となるであろう。
そしてこの言葉の下でやっと、ポロシャツを着て支持者にほほ笑み掛けるバイデン氏の姿が見えてくる。こちらは主に「なぜ福音派がバイデン氏を支持するのか」という疑問に回答するような内容でサイト全体が統一されている。
「キリスト教的価値観の保持(Upholding Christian Values )」というページでは、初めにコロナ関連、それから経済問題、ブラック・ライブズ・マター(BLM)運動にも通じる社会正義の問題、福祉、環境問題、そして移民問題も取り上げている。特筆すべきは、最後に「中絶反対」が掲げられていることである。ここだけが唯一、両陣営の共通点である。
こうしたサイトが存在する中、市井の福音派信者たちはそれぞれの信仰、考えに基づいて投票者を選ぶことになる。投票日は11月3日。そしてその勝者が、2021年1月20日に就任式を迎え、聖書の上に手を置き、第46代大統領としての職務をまっとうすることを宣誓することになる。果たしてその人物の心情やいかに。真に神の前に誓うひとときなのか、それとも単なるセレモニーなのか。
その答えはあと数週間で出ることになる。そして「福音派」という陣営もまた、政治的イシュ―によって分断されてしまうのか、それとも「中絶反対(プロ・ライフ)」という共通項によって結束を高めることができるのか。ただ、神に祈るのみである。
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