その翌朝。シメオンやユストをはじめとする長老たちと羊飼いのアペレは、夜明け前から教会にやって来て、聖餐式の準備をし、祭壇を飾った。この日は日曜日で聖日だったのである。それから、彼らは入り口の扉の前に立ち、門のあたりに目を凝らした。
「あっ、来ましたよ」。アペレの声で、彼らは柱の陰に身を隠した。この時、夜が明けて、昇りゆく太陽が、教会の門から石段を登ってくる頑丈な体つきの男の姿を照らし出した。
「あっ、ニコラスさんだよ!」どこかで子どもの声がしたかと思うと、4、5人の子どもたちが駆け寄って来た。そして、笑い声を立てながら、彼に飛びついたり、腕にぶらさがったりしながら、一緒に石段を登り、教会堂に入って来た。
「あ、これこれ」。長老たちは、あわてて飛び出して行った。「ここは神様を礼拝する所なんだよ。子どもの遊び場ではないから帰りなさい」。こう言って子どもたちを叱り、帰そうとした。その時、「どうか子どもたちも一緒に礼拝をさせてください。子どもだって神様の祝福にあずかる権利があります」。頑丈な体つきの男は、両手で子どもを抱き寄せながら言った。
「あなたはどなたですか?」彼らは驚いて言った。「3カ月前にミラの町に来たパタラ生まれのギリシャ人、ニコラスといいます。アレクサンドリアの『キリスト教大学』で学び、パンタイノス学長から按手礼を受けて伝道者となりました。そして今は、海岸近くにテント小屋を作り、そのあたりの子どもたちを集めてイエス様のお話をしているのです。親が商売をしたり、生活のために働いたりして面倒をみてもらえない子たちには、読み書きの勉強をさせています」
「で、今朝は、どうしてここへ?」「世界中の不幸な子どもたちのためにとりなしの祈りがしたくて、4時に教会に来てみたら、門が開いていました。それで、今まで石段の下でお祈りをしていたところです」。その時、教会堂の鐘が高らかに鳴り響き、人々が続々とやって来るのが見えた。「この人だ! この人だ!」長老のシメオンとユストは思わず肩を抱き合い、他の役員たちも喜びを分かち合った。アペレは、うれしさのあまり踊り回った。
「ニコラスさん。神様の御心により、あなたを『ミラの教会』の司教に任じます」。助祭(ディアコノスと呼ばれ、司教を支える重要な任務を負う)に昇格したシメオンが厳かに宣言した。「この任務をお引き受けいただけますか?」
ニコラスは、突然のことだったので、驚いて言った。「神様が私をここに導かれたのなら、たった一つの条件を申し上げた上で、お受けしてもいいと思います」「その条件とは何でしょう?」「子どものための礼拝の時間を作ること。それから、普段の日は、子どもたちを自由に教会に来させて読み書きの勉強を教えたり、お話を聞かせたりしたいので、その時間を頂きたい――この2つです」
「つまり、そのう」。シメオンは、渋い顔をして口ごもった。「教会の門は常に子どもたちのために、開けっぱなしになるというわけですな?」「その通りです」。ニコラスは、朗らかな笑顔を見せた。「教会がある所に子どもあり。子どもがある所に教会あり。――これが私たちの理想であって、教会のあるべき姿だと思います」
シメオンはまだ顔をしかめたまま、長老ユストに考えを聞くように目で合図した。するとユストは腕組みをしたまま、渋い顔をして考えていたが、仕方なさそうに苦笑して相手を見――そして2人ともうなずいた。
「よろしいでしょう。福音は、子どもにも伝えられるべきですからな」。シメオンは答えた。それから、6人の長老がニコラスの頭に手を置いて祈り、司教が常に身に着けていなくてはならない緋色のマントを着せかけた。
「あっ、ニコラスさんが赤い服着たよ」。窓から中をのぞき込んでいた一人の子どもがこれを見て叫んだ。「どれ? あっ! 本当だ。赤い服着てる」。どっと子どもたちが手を叩いて叫んだ。「わあい! ニコラス司教様の赤い服!」「赤い服!」
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<あとがき>
神様の不思議な導きで、ニコラスは不幸な子どもたちへのとりなしを祈るためにミラの教会にやって来ます。教会では、長い間その座が空席になっていた司教が与えられるようにと、助祭と長老たちが徹夜で祈っていました。そして夜が明け、昇る太陽の中で両者は出会ったのでした。
教会の役職者たちは喜びのうちに新しい司教を迎え、ニコラスに司教の権威を表す緋色のマントを着せかけます。教会の窓からこっそり中をのぞいていた子どもたちは、これを見ると大喜びで叫びます。「ニコラスさんの赤い服!」と。これこそ、ニコラスが伝説上の人物サンタ・クロースに変身した瞬間でした。
こうして司教になった彼は、何はともあれ、まず子どもたちを自由に教会に出入りさせ、読み書きを学ばせ、礼拝に出席できるように指導することを始めたのです。彼の心の中にはいつでも子どもたちがあり、子どもへの奉仕を第一義と考えていたのです。
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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)
1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)刊行。また、猫のファンタジーを書き始め、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝のWeb連載を始める。20年『ジーザス ラブズ ミー 日本を愛したJ・ヘボンの生涯』(一粒社)刊行。現在もキリスト教書、伝記、ファンタジーの分野で執筆を続けている。