今回は特別コラムの2回目ということで、新約聖書ギリシャ語の学習をより効率的にサポートしてくれる便利なウェブサービス「Bible Hub」を紹介します。Bible Hub はウェブサイトだけでなく、スマートフォン用のアプリも提供されており、いずれも無料で使用できます。
日本語を含むさまざまな言語の聖書を読むことができ、コメンタリー(注解書)なども豊富です。これらのコンテンツだけでも非常に優良ですが、新約聖書ギリシャ語の学習者にとってこのサービスが良いと言われる理由に、「インターリニア(interlinear)」と呼ばれるレイアウトを採用していることが挙げられます。インターリニアとは、ギリシャ語の新約聖書とヘブライ語の旧約聖書のそれぞれの単語の上下に、その単語の意味や文法情報を表示するレイアウトです。こちらをクリックしてください。
上の画像のような画面が表示されましたか? これはヨハネによる福音書13章1節で、イエスが十字架につけられることになる「過越祭」の前に、自ら弟子たちの足を洗う場面の始めです。まず、最初の語句を見てみましょう。
5列あるうちの最初の列は「ストロング番号」といわれ、語彙ごとにふられている番号です。この番号をクリックすると、さまざまな辞書の該当単語のエントリーに飛びます。2つ目の列は、ギリシャ語本文のラテン文字転写です。この場合、アクセント記号は無視されていますが、それ以外は、前回説明した、ギリシャ文字とラテン文字が重複なく対応し、ラテン文字からギリシャ文字が再建可能な、翻字に近いものになっています。
次に中央の3列目に、一番大きな黒い文字で、ギリシャ語本文が来ます。今回は、Πρὸ δὲ τῆς ἑορτῆς τοῦ πάσχα という句です。次の4列目には、それぞれの単語の意味、そして一番下の5列目には、単語の品詞情報や、格・性・数もしくは時制・法・態・人称などの文法情報が書かれています。最初の Πρὸ には、Before とその下に Prep が書かれています。これにより、この単語の意味が Before「前に」で、品詞は Prep(osition)「前置詞」であることが分かります。
次の単語 δὲ は、意味が now「今や」で、品詞は Conj(unction)「接続詞」です。次の単語 τῆς は曲用があり、少し解読に時間がかかるかもしれませんが、意味は英語の定冠詞の the で、その下には Art-GFS と書いてあります。Art は Art(icle)「冠詞」の意味で、新約聖書ギリシャ語には不定冠詞はなく、定冠詞しかないので、自動的に定冠詞のことだと分かります。その次の -GFS ですが、これは、この定冠詞が G(enitive)「属格」、F(eminine)「女性」、S(ingular)「単数」という意味です。このように英語のインターリニアを使いこなすには、略号と英語の文法用語を覚えなければなりません。
以下、ざっくりと略号を説明します。* 印は、まだ習っていないところなので、このようなものがあるということだけ学んでください。これらの略号は通常、一つの大文字で表されます。例えば、N はnoun、つまり名詞です。
まずは、名詞類から行きましょう。
- N(oun) ナウン 名詞
- Art(icle) アーティクル 冠詞
- Adj(ective) アドジェクティブ 形容詞
- DPro - Demonstrative Pronoun デモンストラティブ・プロナウン 指示代名詞*
- IPro - Interrogative / Indefinite Pronoun インターロガティブ / インデフィニット・プロナウン 疑問/不定代名詞*
- PPro - Personal / Possessive Pronoun パーソナル / ポゼッシブ・プロナウン 人称/所有代名詞*
- RecPro - Reciprocal Pronoun レシプロカル・プロナウン 相互代名詞*
- RelPro - Relative Pronoun レラティブ・プロナウン 関係代名詞*
- RefPro - Reflexive Pronoun リフレクシブ・プロナウン 再帰代名詞*
名詞類の場合は、N-NMS のように、上記の表記の後にハイフン(-)が来て、さらにその後に文字が来る場合は、格・性・数の情報となります。まずは、格(Case)が出てきます。格は次の5つの内のどれかです。
- N(ominative) ノミナティブ 主格
- G(enitive) ジェニティブ 属格
- D(ative) デイティブ 与格
- A(ccusative) アキュザティブ 対格
- V(ocative) ボーカティブ 呼格
格の次は性(Gender)です。ギリシャ語の性は3つでしたね。
- M(asculine) マスキュリン 男性
- F(eminine) フェミニン 女性
- N(euter) ニューター 中性
最後に数(Number)が来ます。
- S(ingular) シンギュラー 単数
- P(lural) プルーラル 複数
例えば、N-NMS は「名詞-主格・男性・単数」ということになります。
また、人称代名詞は数の前に人称(Person)が来ます。1が1人称、2が2人称、3が3人称を表します。例えば、PPro-GM3S は「人称代名詞-属格・男性・3人称・単数」という意味です。
ギリシャ語では、Adj(ective) アドジェクティブ「形容詞」はほぼ名詞と同じ変化ですが、形容詞に特有なものとして比較級と最上級があります。
- C(omparative) コンパラティブ 比較級
- S(uperlative) スパラティブ 最上級
これらは、数の後にさらにハイフンを付けてその後に来ます。例えば、Adj-NMS-C は、「形容詞-主格・男性・単数-比較級」を意味します。
次は、新約聖書ギリシャ語で一番複雑な V(erb) バーブ「動詞」について見ましょう。動詞は最初の V- の後、時制・法・態の情報が来ます。ここでは、これまであまり学んでこなかったものもたくさん含まれていますので、このようなものがあるということだけ覚えておいてください。
時制(Tense)
- P(resent) プレゼント 現在
- I(mperfect) インパーフェクト 未完了過去*
- F(uture) フューチャー 未来
- A(orist) アオリスト*
- (pe)R(fect) パーフェクト 完了*
- (p)L(uperfect) プリュパーフェクト 過去完了*
法(Mood)
- I(ndicative) インディカティブ 直説法
- (i)M(perative) インペラティブ 命令法*
- S(ubjunctive) サブジャンクティブ 接続法*
- O(ptative) オプタティブ 希求法*
- (i)N(finitive) インフィニティブ 不定詞*
- P(articiple) パーティシプル 分詞*
態(Voice)
- A(ctive) アクティブ 能動態
- M(iddle) ミドル 中動態*
- P(assive) パッシブ 受動態*
- M/P - Middle or Passive 中動態もしくは受動態*
この時制・法・態までは、V-PIA(動詞-現在・直説法・能動態)のようになります。その後にまたハイフンが来て、人称・数が表示されます。人称・数の表示法は名詞類の時と一緒です。例えば、V-PIA-3S は「動詞-現在・直説法・能動態-3人称・単数」を意味します。
最後に、変化のないその他の品詞です。
- Adv(erb) アドバーブ 副詞
- Prep(osition) プレポジション 前置詞
- Conj(unction) コンジャンクション 接続詞
- I(nterjection) インタージェクション 間投詞
- Prtcl = Particle パーティクル 不変化詞
- Heb(rew Word) ヒブリュー・ワード ヘブライ語からの借用語
- Aram(aic Word) アラメイック・ワード アラム語からの借用語
さて、インターリニアに戻って、一番上の列にあるストロング番号を押してみてください。例えば、ἑορτῆς のストロング番号 1859 をクリックすると、次のような画面が出てきます。
これは、ἑορτῆς のストロング番号(1859)をクリックして出てきた画面の上の部分になります。左上の Strong’s Concordance で、基本的な意味、品詞、発音などが確認でき、その下の NAS Exhaustive Concordance では、語源、基本的な意味、そして新約聖書ではどのような意味でそれぞれの意味が何回使用されたかが表示されています。右の Englishman’s Concordance は本物のコンコーダンス、すなわち、ある特定の単語が新約聖書中で出現するすべての箇所をその語の前後の語句も入れて表示したもので、その語がどのように用いられているか分かります。この画面右のカラムのコンコーダンスによって、その語が他の文脈でどのように使われているかを知ることができます。
画面の下の部分も見てみましょう。
右は Englishman’s Concordance の続きですね。左上は Thayer’s Greek Lexicon で、単語の主な意味がそれぞれの例文と共に表示されます。もしその語の詳しい意味や用法を見たいときはここを見ると良いです。
その次は Strong’s Exhaustive Concordance で、ここには基本的な意味が書かれています。その次は Forms and Transliterations で、新約聖書に出てくる全変化形と、そのアクセントなしの翻字が書かれています。その下の Links には、さらなる学習資料へのリンクが張られています。
略号などを覚えるのは大変ですが、一度覚えてしまうと、この Bible Hub のインターリニアによるギリシャ語新約聖書は、新約聖書を原典で読むための強力なツールとなります。ぜひ活用してみてください。
ギリシャ語の単語がなかなか覚えられないという人も、単語の意味が下に英語で書いてありますので安心です。何の注釈もなしに読めるようになりたいという人は、一度、インターリニアの意味や文法情報の部分を隠して読み、その後、自分で意味を当てるようにすることも効果的です。
他にも、単語などを暗記するためのウェブサービス「Memrise」(こちらもスマートフォン用アプリがあります)には、新約聖書ギリシャ語の単語も用意されています。例えば、こちらです。ここではゲームをしながら、単語をどんどん覚えていくことができます。
間違えた単語が集中的に出題されたり、正解した単語でも忘れたころに出てきたりするなど、工夫が凝らされています。他にも多数の新約聖書ギリシャ語のフラッシュカードセットがありますので、ぜひ試してみてください。
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宮川創(みやがわ・そう)
1989年神戸市生まれ。独ゲッティンゲン大学にドイツ学術振興会によって設立された共同研究センター1136「古代から中世および古典イスラム期にかけての地中海圏とその周辺の文化における教育と宗教」の研究員。コプト語を含むエジプト語、ギリシャ語など、古代の東地中海世界の言語と文献が専門領域。ゲッティンゲン大学エジプト学コプト学専修博士後期課程および京都大学文学研究科言語学専修在籍。元・日本学術振興会特別研究員(DC1)。京都大学文学研究科言語学専修博士前期課程卒業。北海道大学文学部言語・文学コース卒業。「コプト・エジプト語サイード方言における母音体系と母音字の重複の音価:白修道院長・アトリペのシェヌーテによる『第六カノン』の写本をもとに」『言語記述論集』第9号など、論文多数。
福田耕佑(ふくだ・こうすけ)
1990年愛媛県生まれ。現在、テッサロニキ・アリストテリオ大学訪問研究員。専門は後ビザンツから現代にかけての神学を含むギリシャ文学および思想史。特にニコス・カザンザキスの思想とギリシャ歴史記述とナショナリズムに関する研究が中心である。学部時代は京都大学文学部西洋近世哲学史科でスピノザの哲学とヘブライ語を学んだ。主な論文に「ニコス・カザンザキスの形而上学と正教神学試論 ―『禁欲』を中心に―」(東方キリスト教世界研究〔1〕2017年)、またギリシア語での主な論文に "Ο Καζαντζάκης και ελληνικότητα(カザンザキスとギリシア性)"、"Ο Νίκος Καζαντζάκης απω-ανατολική ματιά(カザンザキス、極東のまなざし)"(2019年)など。