書店で本書に出くわしたとき、「いよいよ、こういう本が売れ始める時期か」とひそかに思わされた。というのも、私がクリスチャントゥデイにこうしてレギュラーで寄稿するようになったきっかけが、2016年の米大統領選に関する連載だったからである。あれからもう4年がたとうとしているのである。
トランプ大統領(今でも、まさかこういう肩書をこのおじさんに付けることに驚きと不安を感じざるを得ないが・・・)をめぐる米国の4年間を、私なりに分かりやすく解説し、また神学的視点からその考察を加えてきたつもりである。だがどうしても、ジャーナリスト的な素早さに欠けてしまう一面は否めなかった。それは、物事を「情報」として伝えることを旨とするメディア関係者に比べ、私の場合は常に考察が先立つため、ある一定の時間を置かなければ論を深めることができないからである。
同時に、日本のネットや新聞などで取り上げられる「トランプ記事」の観点と、私が神学的に抱く視点との間にズレがあることもまた、時間を置かなければならない理由の一つとなっている。
この2つの理由から生まれるタイムラグを見事に埋めてくれるのが本書である。著者の大石格(いたる)氏は、日本経済新聞社の上級論説委員兼編集委員であり、文字通り各国の選挙に「足を運んで」取材を重ねてきた人物。その中で、大石氏が注目し続けたのがトランプ氏だったということである。
本書は、共和党、民主党、さらにトランプ氏本人の考え方を、「プレーブック」(アメリカン・フットボールでチームごとに作成するフォーメーション・プレーの説明書)と表現し、さまざまなグラフや表を提示しながら解説している。
特に注目すべきは、2020年の大統領選で本当は何が争点となっているかを喝破している点である(第4章「勝負の意外な分かれ目」)。それは、日本の各メディアが伝えているような米国外の人々の耳目を集める事柄(米国経済、メキシコ国境への壁建設、特定国からの入国拒否、人種差別的発言など)ではなく、むしろ米国内で昔からかしましく議論されてきた宗教的要素が関わる事柄(中絶問題、LGBT問題など)である。大石氏はこう語る。
日本メディアは日本の読者のために記事を書いているので、アメリカの大統領選における最も重要なテーマは「選挙結果は日本人の暮らしにどんな変化をもたらすのか」である。(中略)ただ、日本絡みにだけとらわれていると、選挙戦の全体像を見誤る。討論会などでしばしば激論になるのは、人工妊娠中絶や同性婚の是非などソーシャル・モラリティー(社会的道徳)と呼ばれる話題である。米国民の最大の関心事を脇に置いて、「トランプは再選されるのか」を論じるのは無理がある。(121~122ページ)
つまり本書は、トランプ氏の大統領としての4年間を振り返り総括するとともに、トランプ氏を大統領に押し上げた(といわれている)「福音派」にもソーシャル・モラリティーという視点から触れ、どうして米国において宗教的なトピックスが重要な論点になるのかについて、ジャーナリスティックな視点から解説を加えているのである。この観点は、今までの出版物ではあまり注目されてこなかった。
そして、読者層に関していうなら、本書はキリスト信仰を持ったクリスチャンこそ読むべき一冊であるといえよう。なぜなら、周囲から「あなたもトランプさん支持の福音派なの?」と尋ねられたり、同じ「福音派」を掲げる教会に通っていることで、「冷ややかな眼差し」を向けられたりすることに対し、米国事情に精通しているプロのジャーナリストが、客観的な視点から事細かに切り分けて説明してくれているからである。日本のキリスト信仰を持つ者たちが抱く違和感の原因を、第三者的な立場(宗教性を抜きにして)で解説してくれる良書に出会ったのはこれが初めてである。
さらに面白かったのは、第8章「米国の変化を知る手がかり」である。これは何度も言及していることだが、「トランプ大統領」は2016年にいきなり生まれたわけではない。その背後に、彼のような人物を必要としていた「トランプ現象」が存在していたはずである。ではその現象はどのようにして測ることができるのか。
この問いに明確に答えて見せたのがこの第8章である。米国人が大好きな「スポーツ」と「音楽」というジャンルを取り上げ、1990年代以降、いかに米国社会で分断(私の理解では「メルトダウン」)が進んでいったかを詳述している。この視点は今までのどの出版物にもなかったものである。
政治や経済など、ニュースの王道ともいえる分野だけでなく、スポーツや音楽、映画、サブカルチャーからも、「トランプ現象」を生み出すことになるその胎動を感じられる視点は、ある意味斬新である。
神学的なトピックスを、信仰を持った者が語るということは普通のことである。しかし同じ現象をまったく異なった視点から語り直されたとき、信仰者にとっては「当たり前のこと」と受け止めていたさまざまな事柄の色合いが、むしろはっきりと見えてくるのではないだろうか。そういった意味で、本書はクリスチャンにこそ読んでもらいたい。そして米国の在り方を鏡として、自らのありようを正すのだ。
■ 大石格著『アメリカ大統領選 勝負の分かれ目』(日本経済新聞出版社 / 日経プレミアシリーズ、2020年1月)
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