中国政府による人権迫害を取り上げた映画「馬三家(マサンジャ)からの手紙」が3月、日本で公開される。2012年、中国の悪名高き「馬三家労働教養所」で書かれた助けを求める手紙が、8千キロ離れた米オレゴン州にまで届き、世界的なニュースとなった。本作は、その手紙の送り主をめぐるドキュメンタリー。公開を前に中国系カナダ人のレオン・リー監督が来日し、上映会を兼ねたシンポジウムが15日、東京大学駒場キャンパス(東京都目黒区)で開催された。
主人公は気功修練法「法輪功」の学習者だが、「中国政府による迫害は、法輪功学習者もウイグル人もチベット人も、キリスト教徒も、民主化を求める活動家たちも皆同じ」とリー監督。本作が観客一人一人にとって、中国の人権迫害を訴える一通の「手紙」になってほしいと、作品に込めた思いを伝えた。
8千キロの旅を経て届いたSOS
2012年秋、米オレゴン州在住の主婦ジュリー・キースさんは、2年前に購入したハロウィンの飾りの箱の中に、英語と中国語で書かれた一通の手紙が入れられているのを見つけた。「この手紙を国際的な人権団体に送ってください。ここにいる何千人もが中国共産党政府による迫害に苦しんでいます」。中国北東部・遼寧省の馬三家にある労働教養所から送られてきたSOSの手紙だった。キースさんが手紙を地元の新聞社に持ち込み大々的に報じられると、他の新聞・テレビ各社も競うように報じ、ニュースは世界を駆け巡った。
手紙を書いたのは、法輪功学習者の孫毅(スン・イ)さん。中国国営の石油企業に勤める北京在住のエンジニアで、英語も堪能なエリート社員だった。法輪功は1997年から始めるようになる。法輪功は当時、中国全土で急速に広がっており、その学習者は中国共産党の党員6千万人を大きく上回る7千万~1億人ともいわれていた。しかしその急成長が脅威とみなされ、当時の江沢民政権は99年、法輪功を非合法組織と定め、大々的な弾圧を始める。大規模なプロパガンダを流し、法輪功学習者を悪者に仕立てていった。孫さんも、十数回にわたって拘束・逮捕・拉致されたという。
北京オリンピックが開催された2008年、中国政府は、法輪功学習者の通報者に報酬金を出すなどし、取り締まりを一層強化。孫さんは同年2月、仲間と3人で法輪功の冊子を運んでいたところを逮捕され、直ちに2年半の強制労働を宣告された。そして行き先も知らされずに連れて行かれたのが、馬三家労働教養所だった。
労働教養所では、後にキースさんの元に届くことになるハロウィンの飾りを早朝から深夜までひたすら作らされたほか、何度も失神するほど体を引っ張られたり、1年以上両手を固定されてつるされたりする拷問を受けた。「壊れる寸前でした」「何度失神したのか分かりません」。しかし、家族が依頼した人権弁護士の助けにより、収容期間を延長されずに済んだ孫さんは、2年半で馬三家での地獄の日々に別れを告げる。
収容経験者の孫毅さん本人が撮影
シンポジウムでは、リー監督が作品をめぐるエピソードを幾つか紹介した。リー監督が、孫さんの手紙のニュースを耳にしたのは、中国の違法臓器売買を告発する映画「人狩り」(2014年)を製作している最中だった。馬三家労働教養所の悪名はよく知っていたため、非常に興味を持ったという。個人的なネットワークを使ってコンタクトを試み、3年かけて孫さんを見つけた。孫さんが「人狩り」を知っていたこともあり、リー監督はすぐに信頼を得た。そして2人は協力して、労働教養所の実態を伝える映画を製作することに決める。
「人狩り」を製作したことで、リー監督は中国に入国できない状況だった。そのため、孫さん本人が撮影することになった。孫さんは撮影経験がまったくなかったが、リー監督が必要な機材や撮影の仕方、映像ファイルの送信方法などを一つ一つ教えた。一眼レフカメラも用意したが、危険を伴う撮影が多く、多くはスマートフォンで撮影したという。「ほとんどの場面は、孫さんの本能から来ています。すべてのショットが完璧というわけではありませんが、彼の視点で撮ったものなので、まるで彼の横にいるように感じます」
作中では、馬三家労働教養所でかつて孫さんを拷問した元監視役の2人にもインタビューしている。これは孫さん本人の提案だった。リー監督は危険だとして否定的だったが、「映画製作のためだけでなく、監視役にとって贖罪の唯一の機会になる」と話す孫さんの熱意に押された。映画公開前、元監視役たちにインタビューの使用可否を確認すると、一人は「人生で初めて真実を語った。恐れる必要はない」と話し快諾してくれたという。
労働教養所内の様子は、孫さん本人が描いたイラストを基に、アニメーションで再現した。小さい頃から、古典小説の挿絵を真似て描くのが好きで、エンジニアになってからも設計図を書いてきた孫さんは、リー監督も驚くほどの描写力を持っていた。観客の想像力をかき立てられるよう、アニメーションの動きは最小限に留め、音響にこだわる工夫もした。
観客一人一人が手紙の受取人
シンポジウムではリー監督の他に、国際人権団体のアムネスティ・インターナショナル日本事務局長などを務めた経験のある若林秀樹・国際協力NGOセンター事務局長、『中国を追われたウイグル人』などの著書がある水谷尚子・明治大学准教授、そしてモデレータとして、現代中国研究が専門の阿古智子・東京大学准教授が登壇した。若林氏は、中国だけでなく世界的に一般市民が自由に活動しづらくなってきているとし、「この映画が作られたことは非常に意味がある」と評価。水谷氏は、中国で迫害を受けているウイグル人の救出活動に関わっている経験から意見を述べた。
「自分たちに何かできることはないですか」。参加者からの質問に、「この映画を見た一人一人が、孫さんから手紙を受け取ったと考えてほしい」とリー監督。孫さんは計20枚の手紙を書いたが、それを公にしてくれたのはキースさんだけだった。リー監督は、小さな行動でも社会に大きなインパクトを与えることができると言い、それぞれの能力に見合った行動をしてほしいと語った。
映画「馬三家からの手紙」は、3月21日(土)から新宿ケイズシネマほかで全国順次公開される。
■ 映画「馬三家からの手紙」予告編