皆さん、こんにちは! 京大式・聖書ギリシャ入門の宮川創、福田耕佑です。季節もいよいよ冬ですね。文法事項も盛り込みながら御言葉を選んでいくのも、なかなか大変になってまいりました。続けて、聖書ギリシャ語の勉強にもなり、かつ御言葉も味わえる講座を目指してまいりますので、読者の皆様のお祈りよろしくお願い致します。今回の講座では、現代ギリシャ語の観点から見ると聖書ギリシャ語の文法が理解しやすかったり、覚えやすかったりするポイントについても指摘しています。現代ギリシャ語の観点から聖書ギリシャ語を見ると、やはり直観的に分かりやすい時もありますので、現代ギリシャ語を学ばれた人はぜひ参考にしてください。
今回は、コリント信徒への手紙一15章29節前半を扱います。「死者のために洗礼を受ける」という多くの論争が存在しそうな御言葉を見ていくことになります。まずは前回の講座の練習問題と復習を簡単にし、短い箇所にはなりますが、コリント信徒への手紙一15章29節前半を例題12として取り上げ、約音動詞(έω 型)の未来形について取り上げていきます。
■ 第16回の練習問題の確認
1)次の新約聖書の一節を日本語に訳しなさい。
Ἀγαπήσεις κύριον τὸν θεόν σου
意味は、
「あなたは、あなたの神である主を愛しなさい」
でした。少しずつ復習してまいりましょう。
<語釈>
ἀγαπήσεις | [動詞] | ~を愛する(ἀγαπῶ (-άω) の2人称・単数・未来) |
κύριον | [名詞] | 主人、主、先生、閣下(κύριος, -ου の単数・対格) |
τὸν | [冠詞] | 男性・単数・対格と |
θεόν | [名詞] | 神(θεός, -οῦ の単数・対格) |
σου | [代名詞] | あなたの(2人称・単数・属格) |
■ 未来形について
前回は、ω 動詞の未来形と約音動詞(άω 型)の未来形を取り上げました。今回登場している ἀγαπήσεις は約音動詞(άω 型)の未来形であり、まずはこの約音動詞(άω 型)の未来形を確認しましょう。
* ἀγαπῶ (-άω)(1人称・単数・現在)「私は~を愛する」の未来形の活用
単数 | 複数 | |||
1人称 | ἀγαπήσω | -ή-σω | ἀγαπήσομεν | -ή-σομεν |
2人称 | ἀγαπήσεις | -ή-σεις | ἀγαπήσετε | -ή-σετε |
3人称 | ἀγαπήσει | -ή-σει | ἀγαπήσουσι | -ή-σουσι |
となっていました。現代ギリシャ語を学習された人の中には、ἀγαπάω の活用は3人称複数形の語尾を除けば現代ギリシャ語の瞬時未来形の活用にかなり似ているな、とお思いになる人もいらっしゃると思います。そしてこの活用表に見られるように、ἀγαπήσεις は2人称単数形であり、「あなたは~を愛するだろう」だということが分かります。ω 動詞の未来形や未来形の詳しい作り方に関しては前回の講座をご覧いただければ幸いです。次に「~」の部分に入る目的語の塊 κύριον τὸν θεόν σου を見ていきましょう。
ここで復習すべき文法事項は、「~の」という所有の表現を表したいときは、人称代名詞の属格形をとにかく修飾したい名詞の後ろに置くという、現代ギリシャ語と同じ形を採りました。今回の τὸν θεόν σου という表現で確認しますと、
[τὸν θεόν] ← σου
神 を ← あなたの
という形で、無変化の σου が後ろから τὸν θεόν を修飾していました。この「定冠詞+名詞+人称代名詞の属格形」で所有を表す表現は聖書の中で頻出しますので、よく押さえていただければと思います。ですので、この κύριον τὸν θεόν σου という塊は「あなたの神である主を」となり、全体で「あなたはあなたの神である主を愛するだろう」となりました。そして未来形の用法を考えて意味を「あなたは、あなたの神である主を愛しなさい」になると前回、説明しました。
2)ω 動詞 λύω の未来形を書きなさい。
* λύω(1人称・単数・現在)「私は~を解く」の未来形の活用
単数 | 複数 | |
1人称 | λύσω | λύσομεν |
2人称 | λύσεις | λύσετε |
3人称 | λύσει | λύσουσι |
■ 例題12(コリント信徒への手紙一15章29節前半)
「そうでなければ、死者のために洗礼(バプテスマ)を受ける人たちは、何をしているのでしょうか」(聖書協会共同訳)
「そうでなかったら、死者のためにバプテスマ受ける人たちは、何をしようとしているのでしょうか」(新改訳2017)
ギリシャ語:Ἐπεὶ τί ποιήσουσιν οἱ βαπτιζόμενοι ὑπὲρ τῶν νεκρῶν;
<語釈>
ἐπεὶ | [接続詞] | ①そうでなければ、さもないと、②~したときから、③~なので |
τί | [疑問代名詞] | 何 |
ποιήσουσιν | [動詞] | ~をする、作る(ποιῶ〔-έω〕の3人称・複数・未来) |
βαπτιζόμενοι | [形容詞] | 洗礼を受ける、洗礼を受けた(βαπτιζόμενος の男性・複数・主格) |
τῶν | [冠詞] | 男性(女性・中性)・複数・属格と |
νεκρῶν | [形容詞] | 死んでいる、死んだ(νεκρός の男性〔女性・中性〕・複数・属格) |
[名詞] | 死人、死者 |
■ 未来形(2)
前回に続けて未来形の活用について学びましょう。前回は ω 動詞の未来形と約音動詞(άω 型)を紹介しました。この2つの活用形は練習問題の(1)と(2)で確認しました。今回は約音動詞(έω 型と όω 型)の活用を見ていきましょう。まずは約音動詞(έω 型)ですが、以下のようになります。
* φιλῶ (-έω)(1人称・単数・現在)「私は~を愛する」の未来形の活用
単数 | 複数 | |||
1人称 | φιλήσω | -ή-σω | φιλήσομεν | -ή-σομεν |
2人称 | φιλήσεις | -ή-σεις | φιλήσετε | -ή-σετε |
3人称 | φιλήσει | -ή-σει | φιλήσουσι | -ή-σουσι |
このように、φιλῶ の幹末の -ε- の部分が -η- に延長されています。これは約音動詞(άω 型)幹末の -α- の部分が -η- に延長されるのと同様です。そして同様に ω 動詞と同じく -σω 以下の未来の語尾を接続します。次は約音動詞(όω 型)の未来形を見ていきましょう。
* σταυρῶ (-όω)(1人称・単数・現在)「私は~を十字架にかける」の未来形の活用
単数 | 複数 | |||
1人称 | σταυρώσω | -ώ-σω | σταυρώσομεν | -ώ-σομεν |
2人称 | σταυρώσεις | -ώ-σεις | σταυρώσετε | -ώ-σετε |
3人称 | σταυρώσεις | -ώ-σει | σταυρώσουσι | -ώ-σουσι |
約音動詞の άω 型と έω 型に関しましては、現代ギリシャ語の未来形や接続法でよく見る形になっていますが、この όω 型に関しましてはまったく違う形をしています。この όω 型では、幹末の -ο- の部分が -ω- に延長されています。ここまでをまとめると、原則として約音動詞の幹末の母音は、次のように延長されます。
(-άω) α → η
(-έω) ε → η
(-όω) ο → ω
聖書ギリシャ語の勉強においては、活用表を暗記していくことも大事ですが、母音と母音が結合したり、子音と子音が結合したりすることで、それぞれが融合し、どのように見かけ上の変化を起こしているのかを理解することも大切です。他にも細々と例外的な規則がありますが、それらも追って紹介していければと考えています。
■ 本文の解説
ギリシャ語:Ἐπεὶ τί ποιήσουσιν οἱ βαπτιζόμενοι ὑπὲρ τῶν νεκρῶν;
ἐπεὶ | [接続詞] | ①そうでなければ、さもないと、②~したときから、③~なので |
τί | [疑問代名詞] | 何 |
ποιήσουσιν | [動詞] | ~をする、作る(ποιῶ〔-έω〕の3人称・複数・未来) |
βαπτιζόμενοι | [形容詞] | 洗礼を受ける、洗礼を受けた(βαπτιζόμενος の男性・複数・主格) |
τῶν | [冠詞] | 男性(女性・中性)・複数・属格 |
νεκρῶν | [形容詞] | 死んでいる、死んだ(νεκρός の男性〔女性・中性〕・複数・属格) |
[名詞] | 死人、死者 |
それでは本文の解説に移りましょう。まずは接続詞の ἐπεὶ から始まっています。英語の since のような接続詞ですが、今回は全文を受けて「そうでなければ、さもないと」の意味で使われています。
次に文の中心となる部分ですが、まず頭に疑問詞の τί が出ています。古典のテキストではこれで「なぜ」を表すこともあって厄介ですが、この場合は現代ギリシャ語と同じく「何」の意味で結構です。「何を」なのか「何が」なのか分からないじゃないか、とツッコミを入れてくださった人は正解です! 先回りして申し上げますと、確かに τί だけでは対格なのか主格なのか分かりませんが、次に取り上げる ποιήσουσιν の後ろに文の主語となり得る οἱ βαπτιζόμενοι 以下の「男性・複数・主格」の塊が来ていますので、この τί は対格であり、「何を」を意味することが明らかです。
次は、今回の文法のメインテーマである ποιήσουσιν です。こちらも現代ギリシャ語を学んだ人でしたら、να ποιήσω の活用で親しんでいる形かと思います。現代ギリシャ語ですと、活用語尾の前に -ησ-, -ασ-, -εσ- があれば、語尾の ω の上にアクセントがある動詞のタイプではないかと疑うパターンで、形から今回の動詞も想像がつきやすいかと思います。
まずは上記で見た【φιλῶ (-έω)(1人称・単数・現在)「私は~を愛する」の未来形の活用】の表を確認しましょう。この活用表によると、-έω の έ が η に延長して σ が付された上で、3人称複数の語尾が付された φιλήσουσι が今回の ποιήσουσιν に対応しています。ποιῶ (-έω) の意味が「する、作る」ですので、その未来形の ποιήσουσιν は前述の τι に対応する形で「するだろう、することになる」となります。
最後に文の主語となっている οἱ βαπτιζόμενοι ὑπὲρ τῶν νεκρῶν を見ていきましょう。βαπτιζόμενος はもともと βαπτίζω(浸す、洗礼を施す)という動詞から派生した受動分詞で、ここでは冠詞とセットになって οἱ βαπτιζόμενοι で「洗礼を受ける人たちは」のように名詞のように使われています。これを後ろから「死者のために」を表す ὑπὲρ τῶν νεκρῶν が修飾しています。以前にもお話ししましたが、聖書ギリシャ語の前置詞は、ロシア語やドイツ語などの前置詞のように後ろに来る名詞の格に従って異なった意味を取ります。今回登場している ὑπὲρ は後ろに属格を要求して「~のために」という意味になっています。そして「何のためなのか」というと、νεκρός の複数属格形が続いて ὑπὲρ τῶν νεκρῶν で初めに書いたように「死者たちのために」という意味になっています。聖書では「死者のために」となっていますが、より正確を期すために原文に即して「死者たちのために」としておきましょう。
■ まとめ
最後に例文全体をもう一度見てみましょう。
Ἐπεὶ τί ποιήσουσιν οἱ βαπτιζόμενοι ὑπὲρ τῶν νεκρῶν; の直訳は、
「そうでなければ死者たちのために洗礼を受ける人たちは、何をすることになるのだろうか?」
となります。この文章は疑問文になっていますが、ギリシャ語では現代でも「?」を使わずに代わりに「;」を置きます。なお、よく疑問を強調したいときに「???」のように「?」を重ねますが、ギリシャ語では「;」を重ねて「;;;」のようには書かないようです(笑)。
■ 練習問題
1)基本的な未来形の作り方を書きなさい。
① λύω(1人称・単数・現在)「私は~を解く」の未来形の活用
単数 | 複数 | |
1人称 | ||
2人称 | ||
3人称 |
② αγαπῶ (-άω)(1人称・単数・現在)「私は~を愛する」の未来形の活用
単数 | 複数 | |
1人称 | ||
2人称 | ||
3人称 |
③ φιλῶ (-έω)(1人称・単数・現在)「私は~を愛する」の未来形の活用
単数 | 複数 | |
1人称 | ||
2人称 | ||
3人称 |
④ σταυρῶ (-όω)(1人称・単数・現在)「私は~を十字架にかける」の未来形の活用
単数 | 複数 | |
1人称 | ||
2人称 | ||
3人称 |
今回の講座は以上になります。次回は、新年やクリスマスにちなんだ聖書の語句からまたギリシャ語文法を解説していきたいと思います。(続く)
◇
宮川創(みやがわ・そう)
1989年神戸市生まれ。独ゲッティンゲン大学にドイツ学術振興会によって設立された共同研究センター1136「古代から中世および古典イスラム期にかけての地中海圏とその周辺の文化における教育と宗教」の研究員。コプト語を含むエジプト語、ギリシャ語など、古代の東地中海世界の言語と文献が専門領域。ゲッティンゲン大学エジプト学コプト学専修博士後期課程および京都大学文学研究科言語学専修在籍。元・日本学術振興会特別研究員(DC1)。京都大学文学研究科言語学専修博士前期課程卒業。北海道大学文学部言語・文学コース卒業。「コプト・エジプト語サイード方言における母音体系と母音字の重複の音価:白修道院長・アトリペのシェヌーテによる『第六カノン』の写本をもとに」『言語記述論集』第9号など、論文多数。
福田耕佑(ふくだ・こうすけ)
1990年愛媛県生まれ。現在、京都大学大学院文学研究科現代文科学専攻博士後期課程、日本学術振興会特別研究員(DC1)。専門は後ビザンツから現代にかけての神学を含むギリシャ文学および思想史。特にニコス・カザンザキスの思想とギリシャ歴史記述とナショナリズムに関する研究が中心である。学部時代は京都大学文学部西洋近世哲学史科でスピノザの哲学とヘブライ語を学んだ。主な論文に「ニコス・カザンザキスの形而上学と正教神学試論―『禁欲』を中心に―」『東方キリスト教世界研究』第1号など。