皆さん、こんにちは。京大式・聖書ギリシャ入門を担当させていただいております、宮川創、福田耕佑です。夏も過ぎ去って過ごしやすくなってきました。秋には「読書の秋」や「スポーツの秋」と、いろいろな過ごし方がありますが、いつしかここに「御言葉の秋」や「聖書とギリシャ語の秋」も加えられる日が・・・来る日は遠いかもしれません(笑)。今回は講座の中にディルやミントなどが登場しますので、それに合わせて写真はギリシャの市場の一角を選びました。
今講座からしばらく中断していた聖書本文の解説に戻りたいと思います。まず例題10(マタイによる福音書23章23節前半)を取り上げ、第3変化名詞の曲用(2)と約音動詞(2)の文法を解説します。タイトルは「あなたがた偽善者に災いあれ」です。主イエス・キリストの口から発せられた恐ろしい言葉ですが、少しずつ見てまいりましょう。
■ 例題10(マタイによる福音書23章23節前半)
「律法学者たちとファリサイ派の人々、あなたがた偽善者にわざわいあれ。あなたがたは、ミント、ディル、クミンの十分の一は捧げるが」(聖書協会共同訳)
「わざわいだ、偽善の律法学者、パリサイ人。おまえたちはミント、イノンド、クミンの十分の一を納めているが」(新改訳2017)
ギリシャ語:Οὐαὶ ὑμῖν, γραμματεῖς καὶ Φαρισαῖοι ὑποκριταί, ὅτι ἀποδεκατοῦτε τὸ ἡδύοσμον καὶ τὸ ἄνηθον καὶ τὸ κύμινον
<語釈>
οὐαὶ | [間投詞] | (悲痛・感嘆を表し)あぁ、悲しい! ろくなことがないぞ!(与・対・呼格) |
ὑμῖν | [代名詞] | あなたたちに(2人称・複数・与格) |
γραμματεῖς | [名詞] | 律法学者、書記(γραμματεύς の複数・呼格) |
καὶ | [接続詞] | そして |
Φαρισαῖοι | [名詞] | ファリサイ派の人々、ファリサイ人(Φαρισαῖος の複数・呼格) |
ὑποκριταί | [名詞] | 偽善者、仮面芝居の俳優(ὑποκριτής の複数・呼格) |
Φαρισαῖοι | [名詞] | ファリサイ派の人々、ファリサイ人(Φαρισαῖος の複数・呼格) |
ὅτι | [接続詞] | なぜなら・・・だから、(英語の that やドイツ語の dass のように)~ということ |
ἀποδεκατοῦτε | [動詞] | ~を十分の一ささげる(ἀποδεκατώ (-όω) の2人称・複数・現在) |
τὸ | [冠詞] | 中性・単数・主格、対格と(第11回をご覧ください) |
ἡδύοσμον | [名詞] | はっか、ミント(ἡδύοσμον の単数・対格) |
ἄνηθον | [名詞] | イノンド、ディル(ἄνηθον の単数・対格) |
κύμινον | [名詞] | クミン(κύμινον の単数・対格) |
■ 第3変化名詞の曲用(2)(ευ 幹)
今回は第3変化名詞について扱います。第10回の講座でも第3変化名詞に属する名詞の一部を扱いましたが、今回の講座では γραμματεύς(律法学者、書記)と同じ曲用をする βασιλεύς(王様)の曲用形を見てみましょう。ちなみに、なぜ第3変化名詞には、見かけ上さまざまな形の変化形があり複雑なのかというと、その理由としては例えば、語幹と曲用語尾が同化したり、母音の延長や交代などが見られたりするからです。本講座でも第3変化名詞に属する変化形を一気に紹介することはできませんので、登場した変化形をその都度紹介し、まとまったところで整理していきたいと思います。
*第3変化名詞(ευ 幹)の曲用形
単数形 | 複数形 | 意味 | |
---|---|---|---|
主格 | βασιλεύς | βασιλεῖς | -が |
属格 | βασιλέως | βασιλέων | -の |
与格 | βασιλεῖ | βασιλεύσι(ν) | -に |
対格 | Βασιλέα | βασιλεῖς | -を |
注)主格と呼格は同形です。
となっています。第1変化と第2変化と共通する点があり、それは複数・属格の語尾が -ων になることです。私は初めて第3変化名詞を見たときにはたじろいでしまったものです(笑)。
次に第3変化名詞の一般的な語尾の形を紹介します。
男・女性 | 中性 | |||
単数 | 複数 | 単数 | 複数 | |
主格 | -ς, - | -ες | - | -α |
属格 | -ος | -ων | -ος | -ων |
与格 | -ι | -σι | -ι | -σι |
対格 | -ν, -α | -νς, -ας | - | --α |
以上のようになります。これらの語尾が語幹に接続するときにさまざまな変化を起こし、見かけ上複雑な様相を呈することになります。今回の講座での紹介はここまでに留め、本文で説明するとともに、それぞれの変化形が出てくる都度紹介していきたいと思います。
■ 約音動詞(2)について
次に όω 型の約音動詞を取り扱います。第9回でも約音動詞を取り上げましたが、その時は άω 型と έω 型の2つの変化形を取り上げました。第9回でもお話しした通り、「約音」とは、連続する複数の母音が母音連続を解消するために1つの母音に融合したり、また複合母音を生じたりする現象を指しました。復習もかねて、άω 型と έω 型の活用を見てみましょう。
*ἀγαπῶ (-άω)(1人称・単数・現在)「私は~を愛する」の活用
単数 | 複数 | |||
1人称 | ἀγαπῶ | -ά+ω | ἀγαπῶμεν | -ά+ομεν |
2人称 | ἀγαπᾷς | -ά+εις | ἀγαπᾶτε | -ά+ετε |
3人称 | ἀγαπᾷ | -ά+ει | ἀγαπῶσι | -ά+ουσι |
ἀγαπῶ (-άω) は語幹が -α- で終わっており、これらが ω 動詞の元と同じ語尾が融合して曲アクセントが付されています。
* φιλῶ (-έω)(1人称・単数・現在)「私は~を愛する」の活用
単数 | 複数 | |||
1人称 | φιλῶ | -έ+ω | φιλοῦμεν | -έ+ομεν |
2人称 | φιλεῖς | -έ+εις | φιλεῖτε | -έ+ετε |
3人称 | φιλεῖ | -έ+ει | φιλοῦσι | -έ+ουσι |
それでは次に όω 型の動詞の活用を見ていきましょう。本講座には ἀποδεκατώ(~を十分の一ささげる)というとてもマニアックな動詞が登場していますが、これと同じ変化形で振る舞う動詞 σταυρῶ(-όω)(十字架にかける)もまた聖書でしかお目にかかれそうにないマニアックな動詞です。
* σταυρῶ (-όω) (1人称・単数・現在)「私は~を十字架にかける」の活用
単数 | 複数 | |||
1人称 | σταυρῶ | -ό+ω | σταυροῦμεν | -ό+ομεν |
2人称 | σταυροῖς | -ό+εις | σταυροῦτε | -ό+ετε |
3人称 | σταυροῖ | -ό+ει | σταυροῦσι | ό+ουσι |
以上のようになります。2人称単数と3人称単数で -οῖ- の形が出るのが要注意です。それでは早速 ἀποδεκατώ (-όω) が本文の中でどのように使われているのか見ていきましょう。
■ 本文の解説(1)
ギリシャ語:Οὐαὶ ὑμῖν, γραμματεῖς καὶ Φαρισαῖοι ὑποκριταί,
οὐαὶ | [間投詞] | (悲痛・感嘆を表し)あぁ、悲しい! ろくなことがないぞ!(与・対・呼格) |
ὑμῖν | [代名詞] | あなたたちに(2人称・複数・与格) |
γραμματεῖς | [名詞] | 律法学者、書記(γραμματεύς の複数・呼格) |
καὶ | [接続詞] | そして |
Φαρισαῖοι | [名詞] | ファリサイ派の人々、ファリサイ人(Φαρισαῖος の複数・呼格) |
ὑποκριταί | [名詞] | 偽善者、仮面芝居の俳優(ὑποκριτής の複数・呼格) |
まずは οὐαὶ ですが、現代式の発音ですと「うぇっ!」のようになりますが、もともとそういう間投詞のようです。聖書協会共同訳および新改訳2017では「わざわい」と訳されていますが、例えば、ヨハネの黙示録9章12節や11章14節に登場する「わざわい」と訳されている単語は、女性名詞化した ἡ οὐαὶ です。確かに黙示録の緊張感あふれる神秘的な雰囲気の中で、「第一のわざわいは過ぎ去った」(9章12節、新改訳2017)を、「一つ目のうぇってなんのは終わった」みたいな感じで訳すとイマイチですね(笑)。
余談ですが似たような事例として、マルコによる福音書15章29節では、十字架にかけられた主イエス・キリストをののしって「おやおや、神殿を壊し、三日で建てる者」(聖書協会共同訳)や、「おい、神殿を壊して三日で建てる人よ」(新改訳2017)の「おやおや」や「おい」のところでは、現代式に「うわぁ!」とも取れる Οὐὰ という間投詞が使われており、こちらには主に驚嘆や皮肉の意味が込められています。
話を本文に戻しますが、この「うぇっ!」という間投詞は与格を取り οὐαὶ ὑμῖν という塊で「あなたたちのことを思うと胸が張り裂けそうだ」という意味を形成しています。そしてここで「あなたたち」という呼び掛けで名指しされているのが、γραμματεῖς καὶ Φαρισαῖοι ὑποκριταί で「偽善者である律法学者とファリサイ派の人々」です。
γραμματεῖς ですが、これを「この単語は悪者の律法学者なのだな」と一対一対応させてしまいそうにもなりますが、例えばマタイ13章52節では γραμματεὺς は「天の国のことを学んだ学者」(聖書協会共同訳)や「天の国の弟子となった学者」(新改訳2017)のように「学者」と訳されており、肯定的な意味合いでも使われています。そして本文では英語の and やフランス語の et に相当する接続詞 καὶ で結ばれた γραμματεῖς καὶ Φαρισαῖοι(律法学者たちとファリサイ派の人々)に対して同格で ὑποκριταί(偽善者たち)が置かれています。図式のように書いてみますと、
[γραμματεῖς καὶ Φαρισαῖοι] = ὑποκριταί
律法学者たちとファリサイ派の人々 (同格) 偽善者たち
という構造になっております。ですので、γραμματεῖς καὶ Φαρισαῖοι ὑποκριταί で「偽善者である律法学者たちとファリサイ派の人々たち」となり、全体を合わせて「あなたたちのことを思うと胸が張り裂けそうだ、偽善者である律法学者たちとファリサイ派の人々たちよ」という意味になります。ちなみに偽善者という意味の ὑποκριταί は古典式に転写すると hypokritai で、英語とフランス語の hypocrite の語源になっています。
■ 本文の解説(2)
ギリシャ語:ὅτι ἀποδεκατοῦτε τὸ ἡδύοσμον καὶ τὸ ἄνηθον καὶ τὸ κύμινον
Φαρισαῖοι | [名詞] | ファリサイ派の人々、ファリサイ人(Φαρισαῖος の複数・呼格) |
ὅτι | [接続詞] | なぜなら・・・だから、(英語の that やドイツ語の dass のように)~ということ |
ἀποδεκατοῦτε | [動詞] | ~を十分の一ささげる(ἀποδεκατώ (-όω) の2人称・複数・現在) |
τὸ | [冠詞] | 中性・単数・主格、対格と(第11回をご覧ください) |
ἡδύοσμον | [名詞] | はっか、ミント(ἡδύοσμον の単数・対格) |
ἄνηθον | [名詞] | イノンド、ディル(ἄνηθον の単数・対格) |
κύμινον | [名詞] | クミン(κύμινον の単数・対格) |
この箇所はまず、理由や根拠を表す接続詞 ὅτι が、英語の because のように「なぜなら~だから」という副詞節を構成しています。
次に ὅτι 節の中を見ていきましょう。まず動詞の ἀποδεκατώ(~を十分の一ささげる)については、2人称・複数・現在形の ἀποδεκατοῦτε が来ています。活用形に関しましてはもう一度上で確認していただければ幸いです。この動詞は分離を表す接頭辞の ἀπό と数字の10(δέκα)の序数詞の δέκατος から構成され「10の中から分けて出す」から来ています。次に中性・単数・対格の目的語が3つ並んでいます。それが、ἡδύοσμον(ミント)、ἄνηθον(イノンド)、κύμινον(クミン)です。
ですので、
ἀποδεκατοῦτε
① τὸ ἡδύοσμον
καὶ
② τὸ ἄνηθον
καὶ
③ τὸ κύμινον
というような構造をしており、「あなたたちはミント、イノンド、クミンを十分の一ささげる」となり、初めの ὅτι と合わせて「なぜなら、あなたたちはミント、イノンド、クミンを十分の一ささげて(いるが)・・・からだ」のようになります。
■ まとめ
最後に例文全体をもう一度見てみましょう。
Οὐαὶ ὑμῖν, γραμματεῖς καὶ Φαρισαῖοι ὑποκριταί, ὅτι ἀποδεκατοῦτε τὸ ἡδύοσμον καὶ τὸ ἄνηθον καὶ τὸ κύμινον の直訳は、
「あなたたちのことを思うと胸が張り裂けそうだ、偽善者である律法学者たちとファリサイ派の人々たちよ、なぜなら、あなたたちはミント、イノンド、クミンを十分の一ささげて(いるが)・・・からだ」
今回の例文は、文章の構造としては非常にシンプルだったのではないかと思います。今回の講座までで、通常の ω 動詞、μι 動詞、3つの約音動詞と繫辞動詞を学び、主要な現在形の活用はすべて紹介しました。
■ 練習問題
1)次の新約聖書の一節を日本語に訳しなさい。
ἀποδεκατοῦτε τὸ ἡδύοσμον καὶ τὸ ἄνηθον καὶ τὸ κύμινον
2)第3変化名詞 βασιλεύς (ευ 幹)の曲用を書きなさい。
単数形 | 複数形 | 意味 | |
---|---|---|---|
主格 | -が | ||
属格 | -の | ||
与格 | -に | ||
対格 | -を |
今回の講座は以上になります。次回の講座も、聖書本文と文法の解説を行いたいと思います。文法事項としては ω 動詞の未来形を中心に扱います。次回もよろしくお願いいたします。(続く)
◇
宮川創(みやがわ・そう)
1989年神戸市生まれ。独ゲッティンゲン大学にドイツ学術振興会によって設立された共同研究センター1136「古代から中世および古典イスラム期にかけての地中海圏とその周辺の文化における教育と宗教」の研究員。コプト語を含むエジプト語、ギリシャ語など、古代の東地中海世界の言語と文献が専門領域。ゲッティンゲン大学エジプト学コプト学専修博士後期課程および京都大学文学研究科言語学専修在籍。元・日本学術振興会特別研究員(DC1)。京都大学文学研究科言語学専修博士前期課程卒業。北海道大学文学部言語・文学コース卒業。「コプト・エジプト語サイード方言における母音体系と母音字の重複の音価:白修道院長・アトリペのシェヌーテによる『第六カノン』の写本をもとに」『言語記述論集』第9号など、論文多数。
福田耕佑(ふくだ・こうすけ)
1990年愛媛県生まれ。現在、京都大学大学院文学研究科現代文科学専攻博士後期課程、日本学術振興会特別研究員(DC1)。専門は後ビザンツから現代にかけての神学を含むギリシャ文学および思想史。特にニコス・カザンザキスの思想とギリシャ歴史記述とナショナリズムに関する研究が中心である。学部時代は京都大学文学部西洋近世哲学史科でスピノザの哲学とヘブライ語を学んだ。主な論文に「ニコス・カザンザキスの形而上学と正教神学試論―『禁欲』を中心に―」『東方キリスト教世界研究』第1号など。