中国本土への容疑者引き渡しを可能とする「逃亡犯条例」の改正案をめぐり、1997年の返還以後、最大規模となるデモが立て続けに起こった香港。香港政府や、親中派が多数を占める立法会(議会)は、強行姿勢を崩してこなかったが、16日に200万人規模のデモが起こったことで、香港政府トップの林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は18日、記者会見を開いて謝罪し、改正案を事実上、廃案とすることを表明した。
この歴史的デモでは、あるキリスト教の賛美歌がテーマソングのごとく歌われた。それは、1974年に米国の歌手リンダ・スタッセン・ベンジャミンが、イースター(復活祭)のために作詞・作曲した「Sing Hallelujah To The Lord」という曲だ。「Sing Hallelujah To The Lord, Sing Hallelujah To The Lord」と繰り返すシンプルな歌詞で、心に響くメロディーのこの曲は、世界中で人気があり、多くの言語に翻訳されている。日本語では、日本バプテスト連盟の『新生讃美歌』で35番「主を賛美しよう」として収録されている。
香港ではこの数週間にわたって、多くの主要な抗議集会やデモ行進、さらにデモ隊が警官隊と対峙している場面でさえ、この賛美歌がほとんど途絶えることなく歌われたという。中には「警棒の使用を中止しろ、さもなければ『Sing Hallelujah To The Lord』を歌う」と書かれたプラカードを掲げるデモの参加者もいた。そして人々がこの賛美歌を歌う動画が、ツイッターなどのソーシャルメディアに多数投稿された。
ロイター通信(英語)によると、デモに参加していたあるクリスチャンの学生グループが、他の賛美歌と共にこの曲を歌い出したのが始まりだという。香港カトリック学生連盟の代表代行であるエドウィン・チューさん(19)は同通信に、「人々がその中で選んだのがこれ(Sing Hallelujah To The Lord)だったのです。多くの人にとって歌いやすく、メッセージもシンプルで、メロディーも簡単だからです」と語った。
学生たちが賛美歌を歌い始めたのには、一つの理由があった。それは、抗議活動に合法性を持たせたかったからだ。香港では、宗教的な集会であれば許可なく開催することが可能だという。「(賛美歌を歌うことで)抗議者たちを守ることができました。またそれは、平和的な抗議であることも示します」とチューさんは話す。デモに参加した香港グレース教会のティモシー・ラム牧師(58)も、賛美歌を歌うことは「(抗議の過激化や対立を)落ち着かせる効果がある」と語った。
一方、林鄭氏がカトリック信徒であることから、デモの参加者の中には「Sing Hallelujah To The Lord」を歌ったことで、彼女の心を動かしたと考える人たちもいる。カトリックではないという学生でさえも同通信に対し、「彼女は何といってもカトリックなのです。それが、私たちがこの曲を歌った主な理由です」と明かした。
デモでは他にも、ミュージカル「レ・ミゼラブル」の劇中歌「民衆の歌」も歌われた。これは、フランスの「7月王政」打倒のため起こった「6月暴動」でパリ市民が政府軍と衝突する場面で歌われる曲で、2014年の香港反政府デモ「雨傘運動」でも歌われた。
■ 16日のデモで賛美歌「Sing Hallelujah To The Lord」を歌う人々