奈良県にある神学校「生駒聖書学院」に今春入学した兼光伸一(本名・金伸一)さん(58)。山口組の直系暴力団(2次団体)でナンバー3の地位にある舎弟頭(しゃていがしら)を務め、3次団体の総長でもあった。しかし、クリスチャンの妻から差し入れられた聖書を読んだことで、ヤクザ歴40年の人生は大きな転機を迎える。5月中旬に生駒聖書学院を訪れ、話を伺った兼光さんのインタビュー後編(前編はこちら)。
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夢による啓示
2017年5月に保釈された兼光さんは、妻の仁美(仮名)さんと当時1歳の娘と共に東京の教会に通い始める。しかし中学生の頃から不良少年で、「お酒が大好きだった」という兼光さんは、それまでと変わらず大酒飲みで、日曜日だけ礼拝に通うという日が続いた。そんな中、保釈されてから数カ月後にある夢を見る。
それは目の前に坂があり、その坂の上で何着かのスーツが風になびいているというものだった。兼光さんが坂を上ると、下には広い駐車場のような場所が広がっていた。スーツをしまわなければと思い、何着か移動すると、キラキラと光るスーツが出てきた。それと同時に、暴力団で親しかった兄弟分が現れる。その兄弟分とは後に仲が悪くなっており、兼光さんは避けるように坂を下りていく。しかし途中で靴に穴が開き、それがどんどん広がり、最後には裸足になってしまった。だが、その兄弟分は「良かったね」と声を掛けてくれる。兼光さんは、迎えに来た車に乗り、新しい靴を買いにいくのだった。
兼光さんは当時、刑事2つ、民事1つの計3つの訴訟を抱えていた。しかしこの夢を見て、「全部解決したと思えました。神様が見せてくれた夢だと分かりました」という。そして、さらにその3日後、また別の夢を見る。
それは、真っ赤なじゅうたんが敷かれた講堂で、500人くらいの人たちが賛美しているというものだった。兼光さんは胸に五角形のバッチを付け、講堂の壇上の中央に立っていた。「何か教会の働きに関わるようになるのかと思いましたが、夢の意味ははっきりと分かりませんでした」
神様がこの2つの夢を見せたと確信した兼光さんは、それから毎日、早天祈祷会に参加するようになる。聖書を毎日読む中で、日に日に考えが変わり、祈りの中でさまざまな思いや幻が与えられ、信仰心が高まっていった。そして2017年8月11日、ついに洗礼を受けた。
3つの訴訟が解決
兼光さんにとって、お酒は一つの「踏み絵」だった。洗礼を受ける直前まで大酒飲みだったが、「祈りの中で『酒をやめろ』という示しが来たのです。でもずっと抵抗しました。知らないふりをしていました」。しかし、1審で無罪となった歌舞伎町の乱闘事件について、弁護士から控訴審で有罪になる可能性があると連絡が来た。「すぐに、お酒のことが頭をよぎりました。そして祈りの中で『分かりました。5年間だけはお酒をやめます』と誓いました。『一生お酒をやめます』と言うと、寂しい気がしたのと、5年飲まなければやめられると思ったので5年です。でも3つの事件が解決したら、もう飲みませんという思いで約束しました」
洗礼を受けてすぐに、仁美さんが2人目を妊娠していることが分かった。大阪の事件は実刑4~5年と見込まれていたため、最初はショックの方が大きかったという。1カ月くらい考えたが、兼光さんの娘にもそろそろ弟か妹が欲しいですね、という牧師の何気ない一言が後押しとなった。「神様がこの子の命を与えてくださったとしたら、刑務所には絶対に行かないと思いました。素晴らしい夢も見ましたし、神様は何か私に使命を与えているんだと。そして、その使命を、御心を探さないといけないと思い、早天祈祷会に出席し続けました」
その後、歌舞伎町の事件は何事もなかったように、検察側の控訴が棄却され、無罪が確定。大阪の事件も、懲役3年、執行猶予5年と同類の事件としては最も軽い判決となり、収監されずにすんだ。
そして最後に残ったのが、10億円以上の債権をめぐる民事訴訟だった。
「この民事訴訟については、神様といろいろな対話をしました。『和解しなさい』『イエス様があなたを赦(ゆる)したのだから、あなたも人を赦さないとだめじゃないか』という神様の御心は分かる一方、訴訟の相手に対しては『殺してやる』という憎しみをずっと握りしめていました。『神様、どうすれば赦せるんですか。私が赦さなければ、あなたも私を赦さないんですよね?』と繰り返しました。しかし最終的には『すべて委ねなさい』と言われた思いがして、訴訟も憎しみもすべてイエス様に委ねました。40年間ヤクザをしてきて、暴利金融でもうけたこともあり、その刈り取りが来たんだという思いもありました」
結局は相手側が提示した和解金額をのむ形になったが、昨年12月に和解が成立。晴れてすべての訴訟が解決した。
「お前は病気、キリスト病や」
第2子が生まれてから数カ月後の昨年5月には、祈りの中で「決断しなさい。神学校へ行きなさい。牧師になりなさい」という強い3つの示しが与えられた。早速、ヤクザの世界から正式に足を洗うことを決め、所属する暴力団に引退を告げた。過去に2度、組織を抜けるため指を詰めていた兼光さんだったが、この時は「お前は病気、キリスト病や」と言われ、事なく認められた。「組の事務所で聖書を読んでいたほどでしたので、周りも分かっていました。『円満退社』でした」。警察にも「引退表明」を提出。驚いた顔なじみの警察官からは、「ヤクザをやめてどうするんですか!? ヤクザしかないって言っていたじゃないですか」と心配されるほどだったという。
警察に提出した「引退表明」には次のように書かれている。
聖書を学び、イエス・キリストが真の神様である事が分かりました。以後、強い信仰心を持ち、教会主日礼拝、早天祈祷、水曜礼拝を通し、神との交わりの中で、人として最も大切な事は、イエス様から受けた十字架の恩義に報いるべく、神の権威を守り従う事であると悟るに至ったのです。よって、今迄(いままで)の価値観を全て捨て、平成29年8月11日には、洗礼を授かり、正真正銘の神の子として生まれ変わる事が出来たのです。
夢による啓示の答え
ヤクザを正式に引退した後、神学校を探した。かつて見た夢のうち、スーツは「神の義」、靴は「平和」、五角形のバッチは「五旬節」などと表現されるようにペンテコステ、聖霊のことだと祈りの中で示されていた。そのため、神学校はペンテコステ派と決めていた。また東京に住んでいたため、最初は日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の中央聖書神学校へ入学することを考えた。しかし訪ねてみると、時は5月で入学は4月からであっため、1年待つように言われた。
中央聖書神学校を訪れた際、「他にペンテコステ派の神学校はありますか」と尋ね、教えてもらったのが生駒聖書学院だった。しかし当初は奈良県という立地から、候補としてはまったく考えていなかった。だが祈りの中で「生駒」という思いが与えられ、初めてホームページを見て詳しく調べてみた。すると「救いと召命の確信」「学歴不問、国籍、性別、年齢制限なし」という入学資格が目に飛び込んだ。
昨年9月、家族と共に見学に訪れた。学院内を見学し、学院長との面接をした後も、まだ中央聖書神学校か生駒聖書学院のどちらに行くかは決めかねていた。しかし、生駒聖書学院の出入り口に差し掛かった瞬間、ある光景がフラッシュバックした。生駒聖書学院の出入り口は緩やかな坂になっており、洗礼を受ける前に見た「坂の夢」と光景が一致したのだった。
「夢と現実が符合した瞬間でした。自然に涙が出てきました。『ここだ!』という思いが来て、東京に帰るときにはもう生駒聖書学院に行くことを決めていました。長年祈っていたことが分かって、『やっと見つけた』という感じです」
4月に入学してからは「神学生生活を満喫している」という兼光さん。生駒聖書学院の敷地内にある家族寮に家族4人で住み、午前は授業、午後は自習をしたり伝道集会の奉仕をしたりし、日曜日は、午前は礼拝、午後はトラクト配布と忙しくも充実した毎日を送っている。インタビュー後には、ヤクザ時代の写真を見せながら「全然違うでしょう。価値観が変わりましたから」と明るい表情で話してくれた。
「聖書に巡り合ってから、いろいろな出来事があり、いろいろな思い、夢、幻が与えられました。本当に私が180度方向転換するだけのものがありました」と、確信は固い。祈りの中で神に示された通り、ヤクザをやめる決断をし、神学校に入学した兼光さんは今、最後の「牧師になりなさい」という神の御心に応えようと、3年間の学びに励んでいる。