米ニューヨーク州ウエストチェスター郡で、聖書の御言葉を印字したクッキーを製造している日本人夫妻がいる。元会社員の平野博文さんと、妻の良子さんだ。2人については約3年前にインタビューし、その働きを紹介したが、平野夫妻はその後、神から召命を受け牧師となる道を歩み始めた。さまざまなチャレンジがある中でも、御言葉クッキーの製造を続け、主のために歩み続ける2人に、あらためて話を伺った。
平野夫妻が御言葉クッキーを作り始めたのは2015年春のこと。聖書の御言葉をクッキーに刻むというアイデアは、平野さんが13年の春に見た夢の中で与えられたものだった。これを「神からの啓示」として受け止めてよいのか悩み、半年以上祈っていたが、神からの直接啓示とある出会いを通して確信に変わる。その後も、御言葉を印字するのに使う高額なレーザーの購入資金が、納期直前に奇跡的に集まるなどし、この働きが神様の御心であることを示すように、しるしが与えられていった。名称は、ギリシャ語で風や息、霊を意味する言葉「ニューマ(Pneuma)」から、「ニューマ・クッキー」とした。
実は、この御言葉クッキーの製造は「恵泉塾」の働きの一環で、平野夫妻はニューヨークに恵泉塾を立ち上げる使命を与えられていた。内村鑑三の弟子の小池辰雄の宣言によって1982年6月に設立された日本キリスト召団(旧・札幌キリスト召団)の信仰を継承した、小池の弟子である水谷幹夫牧師とその家族によって、恵泉塾は96年7月に始まった。人生に行き詰まり苦悩する人々を、自分たちの家族として受け入れ、聖書に基づいた共同生活に招くことで、問題を解決し、活力を回復させて聖書の価値観を持った神の子として元の生活に送り戻すことを目的とした、人生の波止場、学び舎である。
「ニューヨーク恵泉塾」を正式に立ち上げるためには、まずは母体となる教会が必要だった。そのため、平野さんは「日本キリスト召団ニューヨーク教会(Japan Ecclecia of Christ in New York)」の設立を目指して準備を始める。しかし、法人登録のための必要書類には、教会の責任者である牧師の名前を記載する必要があった。心に傷を負い、病んだ人たちが立ち上がれるようになるまで、自己犠牲をいとわず、忍耐強く仕える「真の羊飼い」でなければ、恵泉塾を担う教会の牧師は務まらない。平野夫妻は当初、そのような使命と責任感を持った日本人牧師がニューヨーク近郊にいれば、その人に教会と恵泉塾の牧師を兼任してもらおうと考えていた。ところが主は、平野夫妻をその羊飼いとして選んでおられたのだった。
「まさか自分が牧師という立場になるなどとは、夢にも思い描いていませんでした。60歳を越えており、苦手な説教や伝道はまっぴらごめんと逃げ出したいところでした」と平野さんは振り返る。
しかし、折しもそのような時期に、水谷牧師が自身の信仰生活50年の総決算として、牧師育成コースを開講することになり、平野夫妻は特別の許可を受けて、2018年1月からオンラインで受講することになった。すべては、神が定めたタイミングで準備されていたのだった。
米国での教会の法人設立には、非常に複雑な書類を準備しなければならなかった。準備のために弁護士を雇うには、最低でも1万~2万ドル(約110万~220万円)はかかると言われたが、平野夫妻にそのような資金はなかった。ところが昨年春、以前していた玩具の仕事のために所有していたウェブサイトを購入したい、という問い合わせが来たのだ。結果的に数千ドルで販売が成立したが、弁護士費用には届かない。しかし知人がある会計事務所を紹介してくれ、問い合わせたところ、教会と恵泉塾の法人設立とNPO申請を引き受けてくれるという返答があった。そして、その会計事務所が提示してきた手数料が、驚いたことにウェブサイトの販売額とまったく同じだったのだ。まさに必要な人材や資金が、すべて神のタイミングに従って与えられたのだった。
御言葉クッキーは、製造を始めてからすでに4年近くが経過した。平野夫妻は毎年夏と冬の2回、英語の御言葉クッキーを持ち歩き、ニューヨーク中心部のマンハッタンで、ホームレスの人たちに手渡す活動を行っている。ホームレスの人たちに寄り添い、彼らの目線で御言葉クッキーを渡す。励ます言葉をかけて祈り、必ず「God bless you. Jesus loves you.(神の祝福がありますように。イエス様はあなたを愛しておられます)」という言葉を残す。
「ホームレスは決してホープレスではない、むしろホープフルであることを、クッキーを受け取った彼らの笑顔の中に見いだすことができます。何百人ものホームレスに渡したクッキーの御言葉が、彼らの中で芽生えることを神に祈り続けたいです」
平野夫妻の元には、御言葉クッキーにまつわる証しがたくさん届いている。
東京都在住のFさんは、クリスチャンではない母親に御言葉クッキーを贈ったが、「御言葉が温かくて、クッキーもおいしい」と喜ばれた。
埼玉県在住のFさんは、ある女性に御言葉クッキーをクリスマスプレゼントとして贈った。この女性はもともと教会に通っていたが、別の女性信徒と犬猿の仲となり、数年前から教会を離れていた。しかし、クッキーに刻まれていた「愛のない者に、神はわかりません」(1ヨハネ4:8)、「あなたがたも互いに愛し合いなさい」(ヨハネ13:34)という御言葉を、神が自分に宛てたメッセージだと受け止め、教会に戻る決心をしたという。
ニューヨーク在住のUさんには、教会に通い聖書を学びつつも、なかなか信仰告白をできない夫がいた。Uさん自身は洗礼を受け、洗礼後には記念の夕食会が開かれた。そこで御言葉クッキーが振る舞われたが、夫が何気なく選んだのが「イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい」(使徒2:38)と、洗礼を促す御言葉が刻まれたクッキーだった。夫は自らそれを選んだことでバツが悪そうだったが、御言葉のタイミングの絶妙さに夕食会は大いに盛り上がったという。
一方、同じくニューヨーク在住のOさんは、ある事件に巻き込まれ刑務所に拘留されていた。刑務所からの釈放の有無が決定される面談の日の朝、平野さんが差し入れた御言葉クッキーの一つを手に取った。そこに刻まれていたのは「隠れている私の罪をお赦しください」(詩篇19:12)という御言葉だった。「何だか自分が言うべきメッセージのような気がして、この言葉を書き留めた紙片を胸のポケットに入れて面談に向かいました。そのことが心の不安を穏和してくれたように思います」とOさんは言う。Oさんはその後自由の身となり、今は愛する妻と一緒に暮らしている。
御言葉クッキーは現在、英語、日本語、韓国語、スペイン語、ポルトガル語の5カ国語で印字が可能で、全世界に向けて販売されている。だが、年間の総生産数はまだ5千枚前後。ほぼ100パーセント・オーガニックの材料は決して安くなく、経営には多くのチャレンジがあるという。「神の力によって御言葉クッキーが世界中へ配布される日が来ることを信じ、クッキーを製造し続けていきたいです。御言葉クッキーを通して、異なる者が互いに愛し合って一つとなる世界づくりに寄与したいのです」と平野さんは言う。
御言葉クッキーはオンラインで注文を受け付けており、最小オーダーは12枚入りセットが17ドル(約1800円)から。日本を含む米国外への発送も受け付けており、もうすぐ来るイースターや卒業・入学祝いのギフトとして、祈りを込めて贈るのはいかがだろうか。