この夏、「マンガ宣教」でおなじみのクリスチャンマンガ家、ケリー篠沢さんの米東海岸マンガミニストリー伝道旅行を追った。
篠沢さんにとって、米東海岸を巡る伝道旅行は今年で2回目。今回は8月18日に現地入りし、翌19日には早速、ペンシルベニア州ランカスターで行われているフライデー・インターナショナル・ギャザリング(通称・FIG)のミーティングへ。FIGは日本人のブラナー妙子さんが代表を務め、毎週金曜日に自宅を開放して、いろいろな国籍の人たちがそれぞれの料理を持ち寄り交流するグループだ。篠沢さんはそこで、現地に住む日本人向けの午後6時からのミーティングと、英語を共通語で話す人たち向けの午後8時からのミーティングの2回に分けて証しを語った。
21日には、ニューヨークのマンハッタンに向かい、120年以上の歴史がある日米合同教会での証し集会に参加し、サイン会も開いた。続いて28日は、同じくマンハッタンにあるニューヨーク初代日本語教会の礼拝でメッセージを取り次いだ。メッセージは英語と韓国語で同時通訳され、礼拝後は教会員による手作りの料理を頂きながらのサイン会とフェローシップを楽しんだ。
「レイバーデー(労働者の日)」の連休となった9月3日~5日には、東海岸日本語教会の合同ファミリーキャンプに参加し、マンガミニストリーを紹介した。最後は8日にクリスチャン・インターネット番組のインタビューを受け、約3週間にわたる多忙なスケジュールをこなした。
世界20カ国以上で翻訳されている代表作『救世主(メシア)―人類を救いし者』を手掛けるなど、華々しく活躍しているように見られる篠沢さんだが、その裏でたくさんの涙を流してきたことはあまり知られていない。
篠沢さんは2004年、ニューヨーク在住時、クリスチャンであったルームメイトから日米合同教会に誘われ、そこで行われた伝道集会でイエス・キリストを心に受け入れた。同年暮れに日本に帰国。知人の紹介でマンガ聖書を描くことになるが、それが決まった当日に父の癌(がん)告知を受ける。父は数カ月で他界してしまうことになるが、娘が神の御手に導かれて聖書の物語を描くことを知り、父もキリストに導かれ、病床洗礼を受けることになった。その後は、誰よりもマンガ聖書を描くことを応援してくれた父だったが、その完成をこの世で見届けることはできなかった。
その後、数年にわたり、マンガ聖書を描いていくことになるが、11年3月、日本中が東日本大震災で揺さぶられる中、当時7カ月だった息子を乳幼児突然死症候群で亡くしてしまう。マンガの執筆中に眠ったまま逝ってしまったため、自分を責め、怒りと悲しみのやり場を失った。「神様、私はあなたの仕事をしている最中に息子を失いました。もう2度とマンガは描きません。白い紙を見るのも嫌です!」と取り乱して泣いたという。
悲しみの極みの中、これ以上泣くことさえもできない状態でいた葬儀の夜、何と天から「声」が聞こえてきたという。それは紛れもない息子の声で、「ママ、マンガを描き続けて! ゴスペルを歌って!」という言葉だった。そしてその後に、「マンガを描き続けなさい。世界中の子どもたちに、私の愛と希望を宣(の)べ伝えなさい」という主の声が聞こえたという。
篠沢さんは、「息子は7カ月で亡くなったのに、確かに息子の声だったのです。それは、たとえこの地上で死んでも、私たちは生き続ける霊的な存在であるという紛れもない証拠でした。天国は存在し、それを神様は垣間見させてくださったのです。そこに本物の希望があるのです」と回想する。
今回、篠沢さんを集会に招いた日米合同教会の高橋和寿牧師は、「生後7カ月の幼いお子さんを突然失うというケリーさんの母としての痛みは、その証しを聞く私たちの想像をはるかに越えたものだったのではないかと察します。しかし、マンガを通して福音を世界に宣べ伝えるというケリーさんのミッションの原動力は、よみがえったノアくん(篠沢さんの息子の名)のほとばしる永遠の命の輝きであることを目の当たりにしました。それを可能にした主に感謝をささげます。共に主のミニストリーを預かるきょうだいとして大いに勇気づけられました」と、感想を述べてくださった。
また、ニューヨーク初代日本語教会の曺基七(チョウ・キチル)牧師は、 「ある方が 『クリスチャンにとって、試練とは包装されている祝福である』と言われました。最愛の自分の分身のような息子さんを亡くして、どうすればよいかさまよっている彼女に、神ご自身も独り子イエスを十字架の上で死なせたという悲しみを、ケリーさんに教えてくださいました。その御声を通して力強く全世界の子どもたちに主の愛を伝えられている彼女は、神に大きく用いられると信じております」と、コメントを寄せてくださった。
息子を失った直後、主に示されて描き始めた『マンガジェネシス』(いのちのことば社から出版)は、聖書の言葉の原語の意味を調べたり、時代の背景を調べるため、協力者の住むニュージーランドまで取材をしたりと、長い時間をかけてネーム(マンガ制作用語で絵コンテのこと)を描いた。
篠沢さんは、「本格的なマンガ制作は途方もない労力を要します」と言う。ネームが完成すると、パソコン上で下書きをし、枠線を引き、ペン入れをするが、ここまでは独りの作業。その後の着色から、グラフィックデザイナーを雇っての共同作業となる。篠沢さん自らが影を付け、背景を描き、絵が仕上がった後も、文字を当てはめ、校正し、カラーの指示から印刷・製本まで総指揮を執る。
最大のチャレンジは、現在のところ、マンガの制作費と時間がかなりかかるというところにある。1冊を仕上げるのに、丸1年以上もかかってしまう。
『マンガジェネシス』は、既に1巻と2巻を出版しており、現在最後の3巻目を執筆中だ。この作品をなぜ描いているのか尋ねられると、篠沢さんは「創世記(ジェネシス)の中にイエス様の原福音があるからです」と答えている。「そこには神様の愛とご計画と十字架の約束が、初めから語られているからです。人は偶然に生まれたのではない。サルから進化して今の姿になったのでもない。初めに大きな、大きな神様の愛があって、私たちがその愛の中から生まれた事実を、子どもたちに伝えたかったんです」と篠沢さんは語る。
米国でも本格的に『マンガジェネシス』の販売が始まり、多言語での翻訳も進んでいる中、彼女の目は米国とは反対側の大陸、中国を見据えていた。『聖書と古代中国の7つの謎』(スマイルブックスから出版)という新作を、伝道旅行を終えて帰国した直後に発表したのだ。篠沢さんは「このマンガを通して、アジアの多くの人たちがイエス様に出会えます」と言う。このマンガは、創世記の物語と漢字にまつわる由来に言及し、中国4千年の歴史の中にも確かに創造主である生きた神がいたという足跡を、分かりやすく紹介する構成になっている画期的な作品だ。
英語版も17年春にシンガポールクルーから出版される予定で、中国語版の準備も進んでいる。「日本のマンガは、私たち日本人クリスチャンが考えるよりもずっと世界で需要が高いこと、そして何よりも若い世代にとって影響力が強いことを知ってほしいです」。そう語る篠沢さんの目は、未来の子どもたちの希望の姿を描き見ているようだった。