前科3犯で20年近く服役した当事者として、出所者の社会復帰を助けるNPO法人「マザーハウス」を4年前に立ち上げた五十嵐弘志さん(54)。自身が更生するきっかけとなったキリスト教の精神に基づいて出所者に寄り添う支援を実践し、これまでに約40人の社会復帰に関わってきた。再犯者の割合が年々増え続け、国が対策に乗り出す中、自身の経験から「組織優先のやり方では何も変わらない」と警鐘を鳴らす。
ある日曜日のこと。マザーハウスの事務所に、突然1人の男性が訪ねてきた。出所したばかりでトラブルに巻き込まれ、所持金も使い果たして野宿していたという。
事情を聞くと、男性は出所する際、服役中に知り合った受刑者から伝言を頼まれ、某暴力団事務所に行ったところ、「組員にならないか」と誘われた。その場で断ったが、仕事がないので、先に社会復帰していた元受刑者仲間に連絡を取り、そこである仕事をした。しばらくすると、その仲間は「覚せい剤の売買をしないか」と言ってきた。男性はそれが嫌で、給料ももらわずに逃げてきたという。
日曜日に何の連絡もなく駆け込んできた男性に、初めは厳しく注意したが、朝から何も食べておらず、出所してからお風呂にも入っていないと言うので、一緒にご飯を食べ、銭湯にも連れて行った。
その後、男性を連れて、東京保護観察所のある霞が関の法務省に行き、対応をお願いしようとしたが、まったく相手にしてもらえなかった。「閉庁日なので、観察所の人がいても金庫の鍵がなく、緊急保護はできない」という。男性がいくら助けを求めても「何もできません」の一点張りで冷たくあしらわれた。
仕方がないので男性を事務所まで連れて帰った。体調が悪そうなので体温を測ると熱が39度近くあり、病院の緊急外来に連れて行った。健康保険証を所持していなかったため、診察費は全額自己負担。五十嵐さんが2万1千円の診察費を立て替え、診察・検査を受けると、男性はインフルエンザと診断された。
病院からは「入院はできないので引き取ってください」と言われた。男性をそのまま放置しておくわけにもいかず、五十嵐さんは男性が宿泊する場所を確保し、朝食や飲み物などを購入して渡し、男性を寝かせた。
翌朝、男性を連れて生活保護申請をし、無事に受理された。その際、前日の診察費について相談したところ、対応してくれることになったが、五十嵐さんを含め、対応したスタッフ5人も後日、インフルエンザにかかってしまった。
「マザー・テレサが私に教えてくださった『目の前の人を愛する。目の前のキリストを愛する』ということがどういうことなのか、この頃よく分かるようになりました。『キリストに触れる』ということが毎日できるので、うれしくて仕方ないです」と五十嵐さんは語る。
「ただ組織を優先するのでなく、本当に一人の人間のために、キリストに触れるように寄り添ってあげることです。うわべの愛でなく本物の愛だったら変わる、人間なんですから。それが感じられない人間は一人もいないと思う。だって、その人も神様が創られた人だから」
聖書の教える「キリストの愛」がなければ、出所者の「回復」はないと断言する。「刑務所は愛のない所だから。刑務所で回復が難しいというのはそこだと思う。その愛と赦(ゆる)しが少しでも実践でき、周りの人に伝わることができればと思って活動しています。キリストの愛と赦しを体験した人間は、自分のやったことの責任の大きさを感じたとき、逆に多く愛することができる人になります」
出所者の回復を妨げる最大の敵は「孤独」だという。「家族にも見捨てられ、孤立無援の中で生きることがどれだけつらいか、分かりますか。もちろん、一番悪いのは当事者です。当事者一人一人が本気で自分を変えようと思わなければならない。反省ではなく、『悔い改める』ことです。一方で、彼らを受け入れる社会も、悔い改めて努力している彼らを応援しようという思いがない限り、再犯防止はできません」
五十嵐さんの願いは、全国の教会で「プリズンミニストリー」(刑務所伝道の働き)が立ち上がることだ。「全国の刑務所にいる人たちがキリストと出会えるように、毎朝それぞれの地域の教会が祈る。手紙を書くのが得意な人がいれば、受刑者の心の回復のために文通ボランティアをしてあげる。古本があれば、私たちのような活動に寄付もできる」
「キリストをブランドにしたって、意味のないことです。キリストは、愛を実践し、人を救い、導き、支え、生かしてくれる方。皆さんが礼拝やミサの時に『神様は私に何をさせようとしているのか』『私は神様のために何ができるのか』と、ほんのちょっと考えることから『キリストの実践』が始まると私は思います」
マザーハウスでは、活動を支える新規会員を募集している。活動についての詳細はホームページを。