ナッシュビルツアーで、どうしても皆を連れて行きたい場所があった。それがナッシュビル市から車で3時間半の所にあるメンフィス市である。そもそもメンフィスに学会でやってきたからクライストチャーチとも関わることができたし、その後の展開も開かれたといえる。そのためメンフィスは、私にとってはある意味聖地のような所である。
同時に、この場所は公民権運動が一番盛んであった地域の1つでもある。音楽と人種問題が複雑に絡み合った場所でもあり、米国南部の歴史を知る上で日本人に対して最も際立った文化的違いを感じさせる地域であるといえよう。だから、どうしても学生たちをこの場に連れてきたいと願ったのである。
その旨をクリス氏に伝えると、快諾してくださり、数人のエスコート役の教会員が同行してくれることになった。日帰り旅行であったため、朝は6時出発。帰りは午前様になる覚悟で、ということだった。
まず向かったのはエルビス・プレスリーの家があった場所に建設された「グレイスランド」。プレスリーの生い立ちから芸能界での活躍、そして死までを時系列に知ることができ、当時の家や楽器、調度品などがそのままに展示されている場所である。プライベートジェット機も展示されており、中に入ることもできる。
お土産売り場では、プレスリーのCD、DVD、ステッカー、携帯カバーなどが所狭しと並べられていた。今回の旅に同行した60代の女性は、「プレスリーは私の青春なんです!」とステップを踏みながら、両手いっぱいに「プレスリーグッズ」を買い込んでいた。
グレイスランドではっきりと分かったのは、プレスリーが教会の聖歌隊で歌うところから頭角を現していったということ、そして、彼は常に家庭で聖歌やゴスペルを友人たちと歌っていたということである。プレスリーのお墓を見ると、そこにはきちんとキリスト教色が出ているし、その本質において宗教的にも南部人であったことが分かる。
その後、いよいよメンフィス市内へと車で向かった。ナッシュビルとは異なり、かなり寂れた町である。しかも昼間の弛緩したさまは、決して全米第5番目の危険な街と思えない。だが夜になるとその様相がまったく変わってしまう。平日の夜であるにもかかわらず、まるで土日の繁華街のような活況ぶりとなる。下記動画は、2011年から14年までのメンフィス小旅行をまとめたものである。ご覧いただきたい。
では、メンフィスの名所を簡単に写真付きで紹介していきたい。
(1)公民権運動博物館
1968年4月4日、公民権運動のリーダー的存在であったマーティン・ルーサー・キング牧師が暗殺された。そのモーテルが今や「公民権博物館」となって後世に彼らアフリカ系アメリカ人の苦悩と功績を語り継いでいる。場内は写真撮影禁止のため、写真で臨場感を伝えることはできないが、目を覆いたくなるような悲惨な迫害の歴史が延々と続く。しかし2011年当時は、その出口に「奴隷から大統領へ」という横断幕が掲げられていた。
ここは若い感性を保っているうちに一度は訪れたい場所である。興味深かったのは、世界の他地域で今なお存在する差別に対しても、戦う意志を謳(うた)い上げている点である。具体的には、インド独立に貢献したガンジーの肖像画が掲げられていたり、LGBT問題やヨーロッパなどで頻発している移民問題に取り組んでいる写真が掲示されていたりした。
単に米国黒人問題だけにとどまらず、世界で起こるマイノリティーへの迫害批判へと、視点を向けるよう促されていることが分かる。
(2)メイソン・テンプル(チャーチ・オブ・ゴッド・イン・クライスト本部)
メンフィス市街から少し離れたところに、メイソン・テンプルはある。ここはペンテコステ諸派に属するアフリカ系アメリカ人を中心とした教派、チャーチ・オブ・ゴッド・イン・クライストの本部があったところだ。中に入ってびっくり!世界各国の国旗が掲げられており、今なお世界宣教のために祈りが積み上げられていることが分かる。そして、チャーチ・オブ・ゴッド・イン・クライストの指導者であったのがチャールズ・メンソン。20世紀初頭、人種差別の嵐が吹き荒れていた中で、メンソンは人種民族に関係なく牧師ライセンスを発行していた。このようなインターレイシャルな在り方を当時に目指していたことは、特筆に値する。
会堂の2階には、メンソンの肖像画や功績を称える部屋がある。そこに入ると、なぜか襟を正さなければならない思いにさせられたことを覚えている。
(3)B・B・キングレストラン本店
ナッシュビルはカントリー音楽の聖地である。一方こちらメンフィスは、ブルースの聖地と呼ばれている。その代表格がB・B・キング。彼が経営していたレストランは米国南部を中心にフランチャイズ化されているが、メンフィスがその本店に当たる。名物はポークリブ。おいしいソースをかけ、ライブを聴きながら食べるのが通である。
大音量で奏でられる楽器音に、子どもたちは少々戸惑うだろう。しかし、大学生で洋楽好きであれば、ここは最高の場となる。毎回ここへ連れて行くが、狂喜乱舞して踊ったり叫んだりしている。
このような場へやってきた学生たちは、皆口をそろえて言うことがある。それは「自分が日本人だ」とあらためて思ったということ。そう、異文化に触れることで、自分がその中で異邦人(ストレンジャー)である自覚を持つことになる。それはすなわち、自分のアイデンティティーが「日本人」であることの再認識なのである。
いろんな異文化体験を通して、若者は成長していく。キリスト教もそういった意味で、好意的な要素の1つとして彼らの中に浸透していくことになる。だからこういったツアーを継続しているといえよう。
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