私たちはしばしば、自分や自分の周りに起こるつらい出来事によって、心が振り回されてしまう。試練が来て問題が起これば、私たちは簡単に心を失い、これから起こるかもしれないことを、あれこれと心配し始める。だが、私たちが心に留めておくべきことは、神は善いお方であり、試練の時にも信頼に値するということだ。
「困難な時にも神を信頼すべきだ」と、口で言うのは簡単だ。どうして試練の中で神に信頼することは難しいのだろうか? なぜ私たちは、神に信頼するよりも、富やノウハウ、人を信頼する方が楽に思えるのだろうか?
おそらくそれは、私たちは神がどれほど信頼できるか、頼ってよいお方なのかが分かっていないからだ。ここでは、あなたが知るべき、そしてまた信じるべき、神に関する3つの点を紹介しよう。これらはきっと、試練の中にあっても神を信頼することの助けとなるはずだ。
1. 神は善いお方である
ほとんどの場合、私たちは自分が困っているとき、善い人に信頼し、その人が助けてくれることに望みを置く。また試練の時、自分が信頼できて頼れると分かっている友人にすぐに助けを求める。しかし、私たちが忘れがちなのは、神はそのようなどんな友よりも、はるかに善いお方であるということだ。
主イエス・キリストは、「神おひとりのほかに、善い者はだれもいない」(ルカ18:19)と言われた。私たちに、頼れる「善い」友人がいるなら、神は地球上の誰よりも信頼できる善いお方であるということも、私たちは知るべきである。
2. 神は主権者である
私たちの多くは危機の際、「この人には力がある」と自分が思う人のところに行こうとする。経済的に豊かな人、影響力のある人、権威のある人、高い地位にいる人、知恵のある人。そのような人たちのところに助けを求めて駆け込むのではないだろうか。しかし、常におられ、最も力があり、全知全能であられる神の元に逃げることは忘れてしまうのだ。
聖書は、「わたしたちの神は天にいまし / 御旨のままにすべてを行われる」と語る(詩編115:3)。神はすべてのものにまさり、ご自分がなさりたいようにすることができる。神にとって不可能なことは何もないのだ。
3. 神の計画は常に成就する
最後に、神はいつもすべてのことについて最終決定権を持っており、最終的には勝利されるということを覚えておこう。私たちが何かをしようとしても、また何と言っても、神はご自身の道(計画)を、今もまた終わりの時代においても常にお持ちなのだ。次に挙げる聖句について思いを巡らしてみよう。
「人間の心は自分の道を計画する。主が一歩一歩を備えてくださる」(箴言16:9)
「くじは膝の上に投げるが / ふさわしい定めはすべて主から与えられる」(同16:33)
「主に従う人に向かって / 主に逆らう者はたくらみ、牙をむくが / 主は彼を笑われる。彼に定めの日が来るのを見ておられるから」(詩編37:12、13)
「主は洪水の上に御座をおく。とこしえの王として、主は御座をおく」(同29:10)
「地の果てまで / すべての人が主を認め、御もとに立ち帰り / 国々の民が御前にひれ伏しますように。王権は主にあり、主は国々を治められます」(同22:28、29)