大正から昭和初期にかけて、ミッションスクールや教会、商業建築から一般住宅まで、日本各地で数多くの建築物を設計したウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880~1964)。約90年前にヴォーリズ自身が著し、長らく入手困難で幻の書とされていた著書『吾家の設計』『吾家の設備』が、現代の人々にも読みやすく編集され、多数の貴重写真・図面を掲載し、丁寧な解説も付されて創元社(大阪市中央区)から完全復刻された。
同書を監修する一粒社ヴォーリズ建築事務所(大阪市北区)によると、長い間これらの本を読みたいという声が、建築の研究者だけでなく、多くのヴォーリズ建築ファンから寄せられており、今回はその熱心な声に応えて、ようやく再版が実現したという。
1923年に発刊された『吾家の設計』と『吾家の設備』は、住宅設計をテーマにヴォーリズが行った3回連続の講演記録に修正を加えたもの。2つのシリーズと図書の解説を執筆したのは、ヴォーリズ建築事務所顧問で、近江兄弟社の嘱託研究員を務める芹野与幸(せりの・ともゆき)さん。芹野さんは、同書を発行したのが「文化生活研究会」だったことが重要で、同書が単に住宅の専門書ではなかったと指摘する。
文化生活研究会は、第一次世界大戦後、女性の生き方が変化しつつあることを背景に、科学的に生活を改善し、誰もが文化的な生活を営める方策を啓もうすることを目的に、吉野作造、有島武郎、森本厚吉らによって1920年5月に立ち上げられ、同研究会の評議員にはヴォーリズも名を連ねている。芹野さんは、同書が当時の社会改善運動の一環として生み出されたこと、また、旧来の生活や住宅事情に対する日本人の意識改革が話題になっていた時期に刊行されたことを重視する。しかも、この出版直後に起こった関東大震災は日本の住宅事情に大きな変化をもたらすきっかけとなり、同書もさっそく改訂を重ねて、日本の住宅改善に具体的な提案をしている。
また、大正デモクラシーが盛んに論じられた時代に刊行された2冊の本は、「一般の住宅論に見られるようなデザインや技術論では終わらず、むしろ生活論。家族の体や健康に言及していることが大きな特徴で、90年の時を経て、まさに21世紀の現代になって、かつてヴォーリズらが主張した住宅が具現化しているようだ」と芹野さんは話す。さらに、文化生活研究会は東京の御茶ノ水周辺を拠点としており、その近辺に、日本の住宅への意識を覆した建築「文化アパートメント」や「主婦の友会館」など、ヴォーリズ建築事務所が設計した建築があったことにも注目する。
芹野さんは同書と文化生活研究会との関連をひもときながら、「タイトルを見れば、ヴォーリズの主張の一端が見えてくる。『吾家』は、形としての『家=House』ではなく、あくまでも生活する人々の健康と幸せを育む『Home』」と断言する。そして、これら2冊の本を、ヴォーリズが論ずる「家庭論」「生活論」、ひいては日本の生活文化の変遷を知る参考書としてぜひ読んでほしいと勧めた。
なお復刻版では、原文を極力尊重しつつも、読みやすくなるよう新字新仮名遣いに改めるなど表記を整え、現代人に理解しにくい用語や事象は丁寧に脚注を付してある。また、原著に多数収載された図面や写真はすべて漏らさず掲載し、原著の改訂版で差し替えられた文章や写真も補遺として収載してある。
問い合わせは、近くの有名書店、または一粒社ヴォーリズ建築事務所(06-6226-0681)、近江兄弟社(0748-32-2456)まで。
ウィリアム・メレル・ヴォーリズ著
『ヴォーリズ著作集1 吾家の設計』
『ヴォーリズ著作集2 吾家の設備』
2017年4月20日発行
(1巻)264ページ
(2巻)224ページ
創元社
定価 各巻2500円(税別)