2015年9月の豪雨で鬼怒川(きぬがわ)があふれ、多くの住宅が被害を受けた「常総水害」。その復興支援に取り組む大上仁(おおかみ・ひとし)さんに話を聞いた。
豪雨による鬼怒川の氾濫
2015年9月10日。数日前から降り続く豪雨に、茨城県常総市の住民は嫌な予感がしていたという。
市を南北に流れる鬼怒川は瞬く間に増水した。市の北端にある若宮戸地区は越水し、その下流にある三坂町では堤防が決壊して、そこから住宅地へと一気に水が流れ込む。鬼怒川とつながる水路や小さな川も同様に氾濫し、深いところでは2メートル以上、市街地をはじめ周辺の家々が水没した。
50軒が全壊、3687軒が大きな被害を受けた。また、交通網もまひし、水が完全に引くまで1週間以上かかった。
向こう岸に渡ろう
大上さん夫妻はそれまで埼玉県さいたま市に暮らしていたが、アパートの水漏れと騒音問題をきっかけに、故郷の茨城県に帰ることにした。
「いま思えば、私の水害支援は水漏れから始まったようなものです」
会員として出席していた浦和福音自由教会で2014年新年礼拝の時に「向こう岸に渡ろう」(マルコ4:35)との御言葉が与えられ、「向こう岸に家を建てよう」と決心する。
妻の実家のある守谷市は、常総市の南隣。そこに土地を購入し、6月に住宅ローンを契約。すると、アパートの騒音がピタリとやんだという。「さすがに妻もびっくりしました。神様を畏れましたね」。そして2015年1月に新居に引っ越した。
地元の人に安心される関係
その8カ月後、豪雨による「常総水害」が発生した。「『向こう岸に行け』という導きはすべてにつながっている」と大上さん。
大上さんも常総市の出身で、実家は水海道(みつかいどう)駅のすぐそばにある。その時、床上まで浸水したが、不思議と母親の寝室(応接間)だけは水が入らなかったという。母親は近くの建物に避難していて難を逃れた。
大上さんの母親は昔、地元で教師をしていた関係で、どこへ行っても「大上さんね」と安心され、人と人がつながっていった。ここから「地元」「知り合い」「信頼されている」のキーワードが大上さんの支援活動にとって大きな武器となっていく。地元の人にとっては、どこの誰か分からない人が一番不安だからだ。
お坊さんたちが先に支援に関わっていた
大上さんが最初に出会った支援団体グレースシティ―リリーフ(GCR)の人と一緒に常総市社会福祉協議会に出向いた時のこと。そこには防災ジャケットを着た大勢のお坊さんたち、仏教系の災害支援団体が早々に来ていた。大上さんは彼らの行動力を見せつけられ、「これはクリスチャンである自分たちもやらないとまずいな」と思ったという。
社会福祉協議会では、団体での支援活動は受け入れず、あくまで個人が原則。そこで、母親のつてや地元のつながりを利用して、自分たちで支援活動をやろうと決めた。大上さんが地元のコーディネイト役となり、多くのボランティアと共に9月中に20軒以上の民家の片付けや畳上げ、消毒作業などに取り組んだ。この間の寝泊まりを日本同盟基督教団守谷聖書教会(鈴木洋宣牧師)が受け入れてくれた。
10月上旬になると報道も少なくなり、ボランティアが現地を離れていった。しかし、実際には手つかずの場所が多く残ったままだった。
日本国際飢餓対策機構との出会い
常総市の被害は甚大で、まだ助けが必要だった。そんな中、大上さんは被害状況を国際飢餓対策機構(JIFH、大阪府八尾市)にメールで送った。すると、翌日には清家弘久さん(同常務理事)から返信が来たという。
「まったく面識のない清家さんがメールでのSOSに本気で動いてくれたんです」
JIFHはすぐに常総に入ったが、現地とつながりを持つことは難しかった。そこで大上さんが仲介役となって支援活動が広がっていった。依頼を受け、まだ避難場所であった石下(いしげ)の総合体育館で11月、最初の炊き出しを行うことができた。
善いサマリア人のように
「水害直後に大きなお寺は本堂を開放して避難所にしてくれました。結局、地元の人は『救ってくれた、ありがたい』というところでつながっていくのですね。クリスチャンとして行いのない自分の現実を突き付けられた気がしました。普段どんなにいいことを言っていても、いざ命に関わる時にどんな行動をするのか。『被災者のために何をしてくれたのか』・・・結局、これなのです。やるか、やらないか、やはりこれがポイント。愛の実践をクリスチャンこそ率先してやりたい」と大上さんは熱い思いを語った。
「善いサマリア人」のたとえ(ルカ10:25~37)のように、私たちは「何をするか」を問われているのだ。
大上さんの所属教会である浦和福音自由教会の牧師と教会員も炊き出しに参加し、JIFHと共に支援に取り組んだ。「うれしかったですね。まさに皆も向こう岸から渡ってきた」(笑)
また地元教会の牧師や信徒、近隣教会をはじめ、GCR、クラッシュジャパン(いずれもキリスト教災害支援団体)、そして日本福音同盟(JEA)も常総水害の復興支援に協力した。このようにしてクリスチャンの一致が広がっていく。
工事現場の足場のような支援
2016年の新年に「新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ」(マルコ2:22)という御言葉を受け、大上さんはこれまで単独で行ってきた支援活動から「常総復興を支える会」として社会福祉協議会に登録し、その会長としてコーディネイト役を務めるようになった。
大上さんが支援活動を1年半続けてきて、そこで気付かされた大切なポイントを教えてくれた。
「支援者側はいずれここから立ち去るので、だんだんと地元の人が主体となるような支援が大切です。私たちの関わりは、工事現場の足場のようなもの。これが本来の復興であり、支援が長続きするコツです」
大上さんは小雨降る中、実際の水害の被害現場を案内してくれながら、「教会が教派や教団ごとに分かれてしまって協力できない関係ではなく、災害時こそクリスチャンが一丸となって取り組んでいけたら」と語った。「常総市の復興はまだ道半ば。東京から1時間半の被災地にまだボランティアは必要です。今、大切なのは『心のケア』。お茶会や音楽イベントなどで被災者の心が復興してもらえればと願っています」