来年で創刊60年を迎える月刊「建築知識」を大型書店で見かけた方もいるだろう。その版元であるエクスナレッジ(東京都港区)は、乃木坂に自社ビルを持つ建築関係では最大手の出版社。
そんなキリスト教とは関係のない一般出版社から『日本の最も美しい教会』というカラー写真満載のムックが刊行された。歴女、城ガール、パワースポット巡りと来て、キリスト教の教会堂がついにフィーチャーされたのだ。
編集を担当した三輪浩之氏は、「自分も教会建築に興味があって見に行くことがあるが、教会は神社などと違って、入っていいかどうか分からないことが多い。本書では見学時間や地図などのデータも入っているので、ぜひ街歩きや旅の途中でそれらの教会の扉を開けて、教会建築の美しさに触れてみてほしい」と語る。発売1カ月で初版6千部がほぼ品切れと、好調な売れ行きだ。
執筆は八木谷涼子氏。『なんでもわかるキリスト教大事典』(朝日文庫)や『もっと教会を行きやすくする本』(キリスト新聞社)の著者だ。キリスト教文化に関心を抱き、20年以上、全国のさまざまな教派の教会を訪問し続けてきた。所属教会の礼拝に毎週通うクリスチャンではないからこそ、牧師や神父も知らない細かな教派の違いを「部外者」の目で冷静に観察し、紹介できる日本では稀有なライターといえる。
実際に九州から東北まで足を運び、教会堂の写真を撮ったのは、日本基督教団東京信愛教会の長老でもある鈴木元彦氏。2014年公募展「国展」(国立新美術館)に「光の静寂」を出展し、国画賞(最高賞)を受賞した35歳、若手の有望な美術家だ。昨年まで月刊「信徒の友」(日本キリスト教団出版局)で「聖なる光と祈りの空間」を連載していたので、読まれた方もおられるかもしれない。特に「聖なる空間」である礼拝堂が、その光と影の絶妙なバランスと色彩感覚で写し取られているのには感動させられる。
教会堂といっても、赤い三角屋根の洋風建築という一般的なイメージのような、単純で一様なものではない。その奥深さ、醍醐味(だいごみ)が堪能できる教会堂を、この書から3つだけ選んで紹介しよう。
東京都庁舎や代々木体育館を設計した建築家、丹下健三はカトリック信徒であり、自ら設計した東京カテドラル聖マリア大聖堂(カトリック関口教会)で葬儀が行われ、その地下納骨堂に葬られている。その大聖堂を地上から見上げると、現代的なシェル構造でカーブを描くように壁面がそそり立っているが、空から見るとそれが大きな十字架として見えるよう設計されている。
一方、同じく日本を代表する建築家、安藤忠雄の設計した「光の教会」と呼ばれる日本基督教団茨木春日丘教会。コンクリート打ち放しの四角いシンプルな外観だが、礼拝堂に入ると、正面の壁全面にはめ込まれた十字のスリット窓から光が降り注ぎ、祈りの空間が現れる。
また日本聖公会奈良基督教会は、土地柄、洋風建築の許可が下りなかったため、信徒の宮大工が寺社建築の様式・意匠を生かした三廊式のキリスト教礼拝堂として設計したもの。外見は寺だが、瓦屋根の上には十字架が掲げられ、鬼瓦には二匹の鳩。祭壇にある十字架などは七宝焼きだ。
61の教会のうち、半分以上がカトリック教会。あとは日本基督教団、聖公会、正教会などで分け合う形で、主に歴史的な教会堂が紹介されている。もちろん、限られた予算と土地面積の中で、さまざまな工夫を凝らした教会堂が現在も次々に新築されている。それらも確かに礼拝をささげる空間であることに違いないが、2千年にわたって受け継がれてきた教会の歴史と伝統を考えるとき、そこに物足りなさを感じる人もいるだろう。現代の教会はいったいその建築において何を失い、何を受け継いできたのか。この本をじっくり読むことで、見えてくるものがあるかもしれない。
また旅行の時、ぜひこの本で紹介された教会を訪れて、ミサや礼拝にあずかってみてはいかがだろうか。その建築空間が、人間ではなく、ただ天に目を向けさせるため、人間の持てる最善のものを注ぎ込んだ建物であることに改めて気づかされるはずだ。そして、ソロモンが異邦人の協力を得ながら美しい神殿を建て終わったとき、神が顕現して祝福を与えた聖書のエピソードを想い起こさずにはいられないだろう(列王記上9章)。
八木谷涼子(著)鈴木元彦 (写真)
『日本の最も美しい教会』
2016年12月22日初版
B5判 160ページ
エクスナレッジ
定価1800円(税別)
※ 本サイトで紹介したい身近なキリスト教の働きについての記事を募集します(1500字程度、画像も)。採用された方には『日本の最も美しい教会』をプレゼントします。応募締め切りは2017年3月末日まで。応募は [email protected] へ。