ローマ教皇フランシスコは、昨年12月から約1年にわたったカトリック教会の「いつくしみの特別聖年」を、司祭(神父)たちに人工妊娠中絶をした女性たちを赦(ゆる)し続ける特別の許可を授けることで、締めくくった。
中絶をした女性に対する赦しは最初、いつくしみの特別聖年の間だけに与えられていた。しかし、その終わりに出した使徒的書簡の中で、教皇は、この特別な許可が「ここに拡張されました。それに反対するいかなるものがあっても」と述べた。
カトリック教会では、中絶が非常に重大な罪と見なされており、以前は、その罪のための赦しの務めは司教に限られていた。司教は、中絶をした女性たちの罪の告白を自分自身で聞くことも、あるいはその務めをそのような罪の告白を専門に扱う司祭に委託することもできた。しかし、教皇は21日、その務めを恒久的に一般の司祭たちにも拡張した。
教皇は、「私は再び、断固として、中絶は罪のない命を終わらせる重大な罪であると述べたいと思います。しかし同様に、神の憐(あわ)れみが、御父と和解することを求める悔悛(かいしゅん)した魂を見いだすとき、神の憐れみが届き、取り除くことのできないような罪はないと述べることができますし、そうはっきりと言わなければなりません。それ故に、あらゆる司祭がこの霊的和解の旅の途上にある悔悛した人々の導き手、支え、慰めとなりますように」と述べた。
教皇は、カトリックの伝統主義を主張し、ローマから離反し、創立者たちが一時期破門されていた「聖ピオ10世会」の司祭たちによる罪の赦しの秘跡が、いつくしみの特別聖年期間中は有効であるという声明を発表していたが、その許可も拡張した。それは、「教会の赦しを通して与えられた和解の礼典的しるしが(聖ピオ10世会から)奪われないように」するためであった。
使徒的書簡は、憐れみの質と、教会生活と世界の中でそれがどのように表現されるかに関しての広範な黙想で、教皇がこれまでの在職期間中に取り上げてきた多くのテーマを扱っている。一方、それらのテーマの幾つかは、教皇が伝統的な牧会実践をほとんど固守しないことを恐れる保守派との衝突を招いた。
使徒的書簡の中で、教皇は司祭たちに語り掛け、「全ての人を歓迎し、罪の重大さとその結果が何であれ、父らしい愛を証しし、悔悛した人々が自分の行った悪をよく考えるように思いやりを持って援助し、道徳的原則を明確に提示し、悔悛の旅の途上にある忠実な者たちの傍らを自ら進んで、忍耐強く歩み、洞察力をもって個々のケースを見分け、神の赦しを分配することにおいて寛大である」ように促した。
教皇は、「最も複雑なケースでさえ、規則だけにこだわって、正義を適用しようとする誘惑があるところで、私たちは神の恵みから流れる力を信じなければなりません」と述べた。
また、飢餓の苦しみ、移民危機、病、刑務所の状態について語り、憐れみは「社会的性格」を持っており、私たちが単にそばにいて、何もしないままでいることとは違った対応を要求していると述べた。
教皇はこの他、11月半ばの典礼歴の年間第33主日を「世界の貧しい人々の日(World Day of the Poor)」に定めることを提唱している。教皇は、その日が、いかに貧困が福音の中心にあるかを信仰者たちが良く考えるのを助ける日となり、「新しい福音伝道の本物の形」を表すだろうと述べた。